その一 荒川正也の場合

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ピピピ……。電子音が騒がしい。 正也はいつものように携帯電話のアラームを切って時間を確認した。 クビになっても朝が来る。正也にとってこの上ない皮肉だった。 会社は、一ヶ月間有給という形になっている。部長はよほど自分の顔を見たくないのだろう、と正也は思っていた。 「あのぉ、ここはどこですか?」 少女の声に正也はギョっとする。 「私です。わかりますか?」 キョロキョロを見渡して声の出所を見つけた正也は、 「はへ?」 口を半開きにし、目を擦る。テーブルの上には確かに人形が立っていた。人形は不安そうな顔で正也を見ている。正也は思わず、 「ここは、僕、荒木正也の家だけど?」 と、答えた。次の瞬間、自分は何に律儀になっているのか、と思う。そして、 「君こそ一体何んだ?」 と、またよくわからない質問をした。 普通なら人形が動いていることに驚くはずなのだが、まだ彼の頭は寝ぼけていたのだろう。 とはいえ、人形はその質問にしっかりと答える。 「私は天使型MMS、アーンヴァル。名前はエオエルといいます。武装神姫と呼ばれているものの一つです」 エオエルという人形の言葉に昨日考えていた何かが一気に氷解する感覚を正也は覚えた。 「あぁ、妹がほしがっていたやつね」 正也には五つ年下の妹がいる。その妹がほしいとねだったのが武装神姫なのだ。 いくら妹がほしいといえど、最新型PCと同等の値段がするのだ。妹にはあきらめてもらうしかなかった。 「あなたは……私のマスターではないですね?」 恐る恐る質問してきたエオエルに正也はきっぱりと言う。 「あぁ。昨日、捨てられていた君を僕が拾ったんだ」 そうですか、と俯くエオエルを見て正也はどこか引っかかるのを感じた。 「私、捨てられていたのですね」 あぁそうか、と正也は心の中で理解した。この人形と自分が似ていることに。 「マスターの名前はわかるのか?」 正也の言葉にエオエルは小さく首を振った。 「いいえ。そのところの情報が激しく欠如されています」 つまり手がかりなし、ということなのだ。
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