全一章

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光る波  ガレージ脇の洗濯室で、洗いあがった一週間分の洗濯物を乾燥機にほおりこんでしまうとやっと一息ついた。  汗ばんだ額を手の甲でぬぐいながらキッチンに戻ってくると、バックヤードに面したガラス戸からは、日曜の午後の乾いた陽射しが射し込んでいる。  たいした庭ではないが、ここカリフォルニア州サンディエゴ郊外では、日本の住宅事情からすると羨ましいような広いバックヤードがある家が多い。私が別れた夫に唯一もらうことができたこの家も例外ではない。  ブーゲンビリアの赤い花には今日もハチドリが来ている。小さな羽を高速で震わせて空中で静止し、長い嘴を伸ばして器用に蜜を吸っている。  スプリンクラーがシュッシュッと音をたてて水が噴き出し始めた。噴き出した粒子に陽射しが当たり小さな虹のアーチが芝生の上に弧を描く。  だが、実際のところ私の暮らしは楽ではなかった。日系企業での時給9ドルの事務職。小学5年生になる息子とのふたり暮らし。寿司職人をしている元夫からは仕送りはない。  お気に入りのカモミールティーのティーバックをカップに入れ、ポットのお湯を落とす。 ティーカップ片手にもう片方の手に本を持ってテラスに出る。
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