全一章

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 デッキチェアにもたれ、脇の小テーブルにハーブティーを置いて本を読むのが私のささやかな至福のときなのだ。  「ねえ、マム。今日は海に行くっていう約束でしょ」  いつのまにかキッチンから出てきた息子のタカシが、後ろから私の首に両手を回す。アメリカの小学校に通っている息子の英語は私よりも流暢である。  自分と同じぐらいの背丈の母親に気軽に抱きついたりするその仕草も含め彼はすっかりアメリカ人だ。  「あっ、そうだったね。・・・行こうね」  そう言えば先日そんな約束をした。本来なら父親にサーフィンの一つでも教えてもらっていい年頃なのだ。  そう思うと、微かなうずきを胸に覚え、つい心よい返事をしてしまうことが多い。  だが、そうやってまた私の日曜の午後は消えてしまう。私はこみあげかけるイライラをできるだけ抑えながら、手にしていた本をパタンと閉じた。  それからタカシの顔を振り返り「ええ、いいわよ」という笑みを浮かべ首をわずかに傾けた。  タカシはそんな私の様子を大きな目でじっと見ていた。  「マム。ビーチで本を読んじゃダメだよ」  タカシは突然そんなことを言い出した。  「えっ?」  
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