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波音と人々の声とが反響しながら交じり合い、とらえどころのない奥行きのある音世界を創り出している。潮の匂いが鼻先をくすぐる。聴覚と嗅覚が幻惑されて、ちょっとくらっとする。とそれに続いて、意味もなく懐かしいような切ないような気持ちが湧いてくる。
とても遠いところに魂を置き忘れたまま、今ここに立っているような、なんだか遥かな気持ち・・・。
ビーチの光景の中に立つと、いつも私はこの気持ちになるのだった。空を見上げ、白い砂浜と青い海に視線を戻し、水平線のあたりをしばし眺めてからもう一度空の深みを覗き込むと、もうちょっとで何か大事なことを思い出しそうになるのだが、結局、それがなんだかはわからない。
ふたりで頃合の場所を見つけると、タカシは手際よくビーチパラソルを砂地に突き立てた。私はその影に茣蓙を敷いて腰を下ろす。タカシはさっそくシャツを脱ぐとほいと茣蓙の上に放り投げた。水泳パンツひとつになった彼は、背は随分高くなったものの、まだまだ華奢な子どもの体だ。
陽射しは強く、浜は真っ白に輝いている。その白いキャンバスを引き裂くようにして、タカシの赤銅色の背中が波打ち際に向かって走っていく。
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