全一章

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 その笑いとともに私はふいにひとつの光景を思い出した。 ・・・それはタカシが初めて自分の両足で立ち上がった瞬間の光景だ。 一歳にも満たなかったタカシは、小さな赤ちゃん用の椅子に座りこんだ状態から、両足を踏みしめてすこし前かがみになり、両脇を締めた状態から一気にこぶしを突き上げるようにして、腰を浮かせた。 「あ、あ」と驚きと期待の目で見つめていた私と夫の前で、タカシは何度も失敗してまた腰をストンと椅子に落としてしまった。だが、それでも懲りずにタカシは飽くことなくその動作を試みた。そして、ついに四股を踏むような格好で立ち上がり両手を高く天に突き上げた。 「おおおお、すごい」と私と夫が手を叩くと、タカシは「ああああああ」とも「おおおおおお」ともつかぬ雄たけびを上げて、全身を歓びに震わせた。ただ立ち上がるというそれだけの行為が、全宇宙に祝福されている進化の奇跡でもあるとでも言うかのように、その体は歓びと自信に満ちあふれていた。
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