揺らぐ 深く 深く 

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幻想郷― 神々の愛したと言われる、この世の幻想の体現の極形。 八百万の神々を祀るという東の国の、数多の神話に登場する神々と獣と人を匿う依り代。 そんな幻想に、西洋の怪異が降りたったのはいったい何時からのことだったのか。 少なくとも495年よりも前― そんなあやふやな推定に意味はない。 彼らにとってはそれは永遠であり、刹那だからである。 始祖ヴラド・ツェペシュの残した膨大な遺産は過去の微々たる残滓だけを現代に残して、この幻想郷にそのままやってきた。 無論、西洋という未知の国の、それも特大の怪異が訪れて少しも変化が起こらぬはずはない。 度重なる争いと諦めと、妥協の果てに、彼女らはこの地での安住を約束された。 幾百年が過ぎた頃のちょっとした暇つぶし、今は紅霧異変とも呼ばれる際にこそ揺らぎはしたが、幻想郷が誇る無敵の巫女によりそれも解決され、今は昔の話である。 かつて紅の霧に覆われた深い森の奥で、幼き末裔はそんな昔を思い出す。 「お嬢様、どうされました?」 思った以上に永く森を眺めていたのか、傍らのメイドの気遣いが聞こえた。 「いいえ、何でもないわ。つい最近遊んだときのことを、思い出しただけ」 遊び、 そう、あれは遊びだった。 500余年もの憂いの末のちょっとした我が儘。ただそれだけ。 ただ、最愛の子が、自身の愚かしい行為と無意味な虚勢に耐えきれず、暴れ出した、それだけが予想外だった。 いや、あるいは望んだのか、 しかし、それすらもあの巫女にとっては赤子の喚きと変わらない僅かな抵抗で、事も無げに据えられた痛みをただ感謝した。 救いだった。 あの濃霧の夜の巫女の訪れは、実際に目の前に数多に存在するどんな神々をも介さぬ絶対的な救い。 最愛の子に外の世界を魅せてあげることが、罪ではないと知っていても、末裔たる自分に課せられた使命、それに阻まれては苦悩した、自身の幼き心を砕いてくれた。 「笑顔を」 「…え?」 ふいに、聞き慣れない言葉に誘われて顔を向ける。 「妹様の笑顔を、最近は、よく見るようになりました。」 最愛の子。 私の妹。 フランドール・スカーレット。 共にこの幻想に渡ったただ1人の自身に、自分は何をしてやれたのか。 「―そう」 傍らで、誰が立つわけでもない森の奥をその主の全てですらも見透かす瞳で見つめる完全なメイドは、ただ応えてくれた。 嬉しさは刹那に、後悔は永久に。
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