妄想

10/11
前へ
/11ページ
次へ
「本当は目玉なんて無くても見えるんだけどねえ」  こちらを振り向きながら彼女が言った。違う方向を見ている左右の目からは、爬虫類が思い起こされた。彼女にとって、視野と言う物は存在しないらしい。 「どうしてそんなに驚いたような顔をしているのかしら。いつもの妄想と違うから?」  唖然とした山下が何も喋れずにいると、彼女が更に続けた。 「あなたの脳細胞が作り出したことには間違いないから。ほら、脳ってまだ解明されてないことが多いじゃない?」  ふふふ、と彼女が他人事のように笑った。三日月形をした唇の間から歯を覗かせながら、まるで熟しきったトマトのように真っ赤な口腔が見えた。  最初こそ山下は唖然としていたが、慣れると新たな好奇心がむくむくと膨れ上がった。彼は最近効果の薄らいだワーシンに対して、言いようの無い不満を覚えていた。新鮮な刺激ならば何でも良かったのだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加