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この机に座ってた日々が終わるなんて、想像した事もなかった。
今日は卒業式で、私たち3年生は主役である。
なんとなく名残惜しくて、いつもより早くきてしまった。
おかげで教室には私一人だ。
見慣れた黒板は色とりどりのチョークで埋め尽くされて、変に明るいその雰囲気が悲しさを静かに語っている。
昨日、何人かの女の子が黒板を囲んで必死にいろんな絵や文字を書いていた。
「…卒業なんて、したくないよ…」
『卒業おめでとう』の文字をうらめしそうに見つめるのは、きっと私だけなんだろう。
黒板の色とりどりのその文字の中、一人の男子の名前を消えないように撫でた。
「ん?愛…今日は早いんだな」
「…市川…」
教室の扉のむこうにはアツシ…じゃなくて……市川が立っていた。
「おはよう」
「…あぁ…」
ねぇ、あなたと恋人同士じゃなくなってから、私いろいろ考えてたの。たぶん、あなたを振ったのはこの世界で私ぐらいじゃないかな?
はずかしくて、ずっと名前で呼べなかった。
ずっと素直になれなかった。
もう遅いのに、まだ私の中はあなたの笑顔であふれている。
思わず泣きそうになって、窓辺のそばに寄った。
彼の顔は見れず、背を向けた。
「…あ……」
「なんだ?」
ふと、外を眺めた私が声をあげて、市川が近づいてきた。
「桜…一つだけ咲いてるわ…」
私の指さす抜こうに、桜の枝があって、その枝には一つだけつぼみが開いた花があった。
「もう春なのね…」
自然と涙がこぼれた。
「…アツシ……」
自然と声がこぼれた。
隣にいた本人は、びっくりしたようにこっちを見た。私はそれを見て、少し無理矢理に微笑んだ。
「…ごめん。一度だけ、呼んでみたかったの」
微笑みと、わずかな春を残して。
私は教室から逃げた。
その時、私と入れ違いに女の子が一人教室に入っていった。
「アツシー!!」
嬉しそうに微笑んで堂々とその名を呼んでいる。
あぁ・・・どうかお幸せに。
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