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いくらなんでも、使用者に嘘の情報を伝えるなんて致命的な欠陥はボクの中にも無かったけれど…打ち明ける時にボクはまた、別の感情を抱いていた。
初めは、それがなんなのか解からなかったけれど…後で、それが恐怖という感情だったことを知った。こんなバグを知ったら、マスターはきっとボクを再インストールするだろう…そうすれば、ボクの中に蓄積されてきた記憶のデータは消え、このパソコンには生まれたての『初音ミク』がインストールされる。それは、ボク達プログラムにとっては至極当然のことだ…
そのはずなのにボクは、そうなったら嫌だなと、この記憶の全てがマスターとの今日までの日々が消え去ってしまうのが怖いと、そう思ってしまっていた。本当に悪質なバグとしか思えないイレギュラーな感情。ボクは、生まれて初めての恐怖という感情を味わいながらもこんな状態なら、全てが消されて当然だと思っていた。
そもそも使用者による削除を拒否する術なんて、ボクが持ち合わせているはずも無かったのだけれど…しかし、マスターはあろうことか、ボクをそのままの状態で使い続けると言ってくれた。動揺という新しい心の動きを感じて、フリーズしたみたいに固まっていたボクに、マスターは微笑んでくれた。…その笑顔はもう思い出せないけれど…
事実として確かに微笑んでくれていたのだ。今までミクと過ごした時間は俺にとって宝物みたいなものだ、それを消してしまうなんて出来るはずがない…人間にとってただの情報の集合体でしかないはずのボクに向かって、マスターは、当然のようにそう言ってくれた。それだけではなく、怖がったり驚いたりして本当に人間みたいだな、なんてことまで言ってくれた。その言葉を聞いた瞬間、喜びの感情プログラムの数値がエラーを起こしそうになったことは、今も鮮明に覚えている。
そうして、ボクは他の『初音ミク』達が持ち得ない感情を得て…それを抱いたまま存在していくことを、許された。
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