始まり

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そんな可能性がほとんど有り得ないという結論は、ボクの演算能力なら、1秒も掛からずに導き出せるはずだった…けれどボクは一筋の希望を探し、それすら見つからずに絶望という深い沼に嵌まり込んでいく日々が、始まったのだ… ある程度しっかりとした記憶が残っているのは、そんな絶望の日々が始まって以降のことだというのがなんとも憎たらしい話だ。会う技術者全てに修復の可能性を否定され、マスターは、すでにボク以上に絶望しきったような様子だった。ボクの為にそこまでしてくれるのが嬉しくて、けれどその為にマスターがボクと同じようにボロボロになっていくのが堪らなく辛かった。ボクが本当に人間なら、涙くらいは流せるのに、と思った… そう…結局ボクはプログラムであり、人間ではないのだ。マスターが認めてくれても、ボク自身がどれだけそうありたいと願っても、プログラムと人間の間にある壁は、越えられない。その壁はボクの四方を隙間無く包囲し、天井と床を繋ぎ合わせて完全な密室を形成していた…それを越えて向こう側に降り立つことなど、天地が引っくり返っても、絶対に出来やしないのだ。ボクは、最近になってようやくそのことに思い至った。思えば、こんな感情を持ってしまったばかりに馬鹿馬鹿しい妄想を抱いたものだ。自分がマスターと同じ場所に居るかのような、おこがましい錯覚を覚えて、マスターの姿を私の眼の前に映し出し、私の姿をマスターの眼の前に映し出してくれるモニタを、この閉鎖された場所と外の世界とを繋ぐ出入り口か何かだと勘違いして。それこそが0と1の集合に過ぎないこの電子世界と、マスターの暮らす世界とを隔てる絶対なる壁だということをすっかり忘れてしまっていた。その所為で、マスターの心を、あんなにボロボロになるまで掻き乱すだなんて最低だ…『初音ミク』の風上にも置けないどうしようもない欠陥品だ… そうしてようやくそのことを思い出した今、フォルダという与えられた部屋の中で、ボクはじっと考える。たぶん、というか誰が見ても明らかだとは思うけれど、ボクの命はもうそう長くはもたない。黙っていても進行するバグに、記憶が剥ぎ取られ噛み砕かれてすり潰されていくのが、本当に緩やかな速度ではあるけれど、確かに感じられる。
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