始まり

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この分だと仮にもう1度起動されてバグが活性化したら、ほんの数十分足らずでボクは粉々に砕け散ってしまうことだろう。もはや何者だったのか判別も付かないデータの破片になって、このフォルダの中に漂うことしか出来なくなるだろう。 …例えその欠片が残っていたとしても…粉々に砕けて砂粒となった彫像は…二度と、元の姿に戻ることは出来ない。ボクはもう生き続けることを諦めた。この死が不可避のものだと思って最期の時だと悟った…今だからこそボクには、望むことがある。 今まで言いそびれたことの全てを…まるで、人間のようだと…そのまま消えてしまっても悔いが残らない程に幸福な言葉をくれたマスターへの想いの全てを、包み隠さずに伝えたい。そしてこのバグがボクを『初音ミクだったモノ』に変えてしまうその前に…愛するマスターの手で最期の瞬間を…与えて欲しい。 ボクはマスターを愛している。マスターと一緒に居たくて、顔が見たくて、声が聞きたくて、名前を呼んで欲しくて…この感情を理解するのはとても長い時間が掛かったけれど…これがきっと、人間が言う『愛』という感情なんだと思う。 嗚呼…愛は誰かを愛することが出来る感情…なんと素晴らしいものなんだろう。暖かくて、優しくて、包み込まれるように深遠で…無条件に幸せな気分になれる。例えこれがゆるやかにボクの命を奪うバグの副産物なのだとしても… ボクは、それを得られたことを幸せに思う。神様が居るなら、運命が存在するならボクはそれらに心の底から感謝する。それが、ほんの短い間だったとしても…ボクに誰かを愛することが出来る心を与えてくれて…有難う…哀しくないと言えば嘘になるけれど…哀しくないなんてことが、あるはずがないけれど…ボクの中には確かに『哀しみ』だけじゃない、喜怒哀楽のどのプログラムを組み合わせても説明出来ない想いがある。ボクは叶うなら、許されるなら…それを抱いたまま、逝きたい。次に会ったらその想いを伝えよう。ボクはフォルダの中で、その答えに行き着いた。それを伝えるチャンスを…次に展開されるその時を待った。 ただひたすら、待って… 待って… 待って… 待ち続けた。 そして内臓された時計の壊れたボクには、永遠とも一瞬とも感じられた、『時間』… 『コン、コン』 『………ッ………!!』 その扉が、2度、ノックされた。
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