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吾輩もまた飼い猫である。ちょいと耳を傾けてみれば、主人一家の声がする。吾輩は人間の耳が動くのを見たことがないが、動かないでも聞こえるようであるから、吾輩は首も傾げてしまった。
「あなたも少しは手伝ってよ、私は女中じゃないのよ」
細君は少々苛立たしそうである。一方、主人はテレビと呼ばれる箱を見て、ははははと呑気に笑っている。つんぼなのか、或いは耳が動かないから聞こえないのかしらんと思っていたら、
「甲斐性なし……」
と細君が先ほどより小声で呟いたのに対し、激昂したので、吾輩は主人の耳が機能しているのが分かって安心した。
「なんだと、こっちは仕事で疲れてんだ」
「自分ばっかり大変みたいに言って…私だってねえ…」
「そんなに言うならお前がやってみろ」
無理な注文である。
この主人はサラリーマンという人種らしい。サラリーマンがどんなものか吾輩は知らない。ヒラだからダメだの、そんなだからヒラだのと細君が罵っているところから察するに、少なくともこの家庭内での地位は低いようである。
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