42人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなた、子ども達をお祭りに連れてって」
妻からの指示はいつも唐突に出る。僕は調べものを途中で断念せざるを得なかった。
ノートパソコンをたたんで階下に降りると、子ども達は既に浴衣に着替えて、はしゃいでいる。
「パパーっ、金魚すくいをやるんだからねっ」
広場の中央に組まれた櫓(やぐら)から四方に連なって下げられた提灯が生暖かい微風に揺れている。
子ども達はフランクフルトをかじってから、金魚すくいに興じた。僕は喫煙場所から遠目にそれを眺めていた。すると……
『浩介さん』
不意に、思いもかけぬ女性から声を掛けられた。
「えっ? や、やぁ……」
妻と知り合う前に交際のあった、奈央との偶然の邂逅だった。
『幸せそうね』
「うん……君は?」
奈央は北海道へ行った筈だった
『いろいろあって、病気になっちゃって実家に帰って来たの』
「そうだったのか……」
『ねえ浩介さん。この次生まれ合わせたら、今度はあたしを幸せにしてね』
「えっ? どうしてそんな……」
「パパ、何ひとりごと言ってんの?」
八歳の息子が袖を引いて見上げていた。
「ん? この人と話してたんだよ」
「この人って? パパのまわりには誰もいなかったよ」
―了―
最初のコメントを投稿しよう!