7人が本棚に入れています
本棚に追加
白い葬列が王都の通りを埋め尽くしていた頃。
王国の北の境界に立ちはだかる山脈を、一人の旅人が山頂目指して登っていた。
防寒具を身に付けているとは言え、今年の寒さは並ではなかった。その上、例年にない大雪が旅人の脚を阻む。
それでも立ち止まる事なく、旅人は山頂を目指し続けた。
マントの下から山頂を見上げた旅人の顔は、薄汚れて幾分やつれはしたが、確かにアルテアのものだった。
身体は芯まで冷え切り、雪に足を取られ、腰まで埋まりながらも、アルテアは前へ進む事を止めようとはしない。立ち止まる事はできないのだから。
冷え切った指先は感覚がなくなり、既に軽い凍傷にかかっているらしかった。
それでも彼は諦める事をしなかった。例え手脚を失っても、彼は生きてこの山を越えなくてはならないのだから。
殆ど意識もなくなり、朦朧とした中で脚だけが前へと進む。ただ行かなければと言う意志だけが、アルテアを前へと進ませた。
やがて、それまでの険しい斜面が、突如として平坦な地面に変わった事を、足の裏の感触で知った。
霞んで良く見えない視線を上げると、目の前には青空が広がり、遥か北の大地がどこまでも続いているのが見えた。
遥か下方には、北の王国の首都が朧に浮かんで見える。
アルテアは山頂に着いたのだ。
ゆっくりと、しかし確かな足取りで国境を越え、北の王国へと踏み入れる。
その瞬間、アルテアは第六王子からただの若者になった。
暫し茫然と眼下に広がる街の影を眺め、それからアルテアは背後の故郷を一度だけ振り返った。
どんよりと暗く厚い雲が、切れる事なくどこまでも続いている。その下は吹雪いているのか、街影すら望む事はできない。
これから王国が歩む道を象徴するかのように、決して晴れる事のない鉛色の空。
その下で彼の帰りを待つ者達を想い、アルテアは再び決意を新たにする。
――必ずここへ帰って来る。
父王を倒す為に。王国を、その民を救う為に。
国境を越えると、山脈の北側は嘘のように晴れ渡っていた。
南側の王国の領土では、いまだ絶える事のない雪が降り続いている。民の嘆きが、王国の上に雪を呼び寄せたかのように。
その嘆きの声を背に受けながら、アルテアは自由と闘いの日々へと足を踏み出した。
...End
最初のコメントを投稿しよう!