7人が本棚に入れています
本棚に追加
「……お前達には苦労ばかり掛けて、本当にすまないと思っている」
アルテアの顔が苦渋に歪む。
「そのお言葉だけで充分です、殿下。私は殿下にお仕えする為だけに、城に上がったのですから。私は皆と一緒に殿下のお帰りを信じて、いつまでもお待ち申し上げております」
その言葉に、アルテアは無言で少女に向かって深々と頭を下げた。
あどけなさの残る少女をして、そこまで思い詰めさせたのは、アルテアにも責任の一端がある。その男の血を引くが故に。
「お顔をお上げ下さい、殿下。これは我々全てが望んだ事です。我々……いえ、この国に生きる全ての者に残された最後の希望として、殿下の為に命を捧げる事を。どうか我等の事はお捨て置き下さい。殿下は殿下の成すべき道を一心に歩まれる事を、我等全てが望んでおります」
レティアの言葉に従って顔を上げたアルテアは、唇を噛み締め、指が白くなる程強く手を握り締めた。
「……すまない」
今は、その言葉しか彼等にかけてやる事ができない。
その一字一句に、アルテアは万感の想いを込め、血を吐く思いで口にした。
「私の事なら大丈夫です。上手く隠れ果せてみせます。私が殿下に従って城を出たと思わせれば、追跡の目は街道沿いに向けられましょう。誰も女子供を連れて雪山を越えるなどとは、想像もしないでしょうから」
くすりと小さな笑みさえこぼして、少女は主を励ました。
この後、誰より苦難の道を歩む事になるのは、城に残った者ではなく、アルテア自身に他ならないのだから。
脱出経路に彼が選んだのは、雪深い、地元の牧童達でさえこの時季には近付かぬ、北の山脈を越えるルートだったのだ。
「そうだな。まさかこの時季に出立する羽目になるとは、思いもしなかったよ」
つられたように、アルテアも笑ってみせた。
只でさえ険しい山越えの道を、この大雪の中で辿ろうとすれば、遭難する事も充分考えられた。
それでもこの時季の脱出を決意せねばならなかった訳が、彼等にはあった。
城の一角にある礼拝堂。その祭壇には、今では神像と並んで国王の彫像が置かれている。その地下の王家の墓所に。
空の真新しい棺がひとつ、上には葬儀用の王家の紋章入りの布を掛けて、置かれている事を彼等は知っていた。
誰の為に用意された物か、考えてみるまでもなかった。
最初のコメントを投稿しよう!