第一章

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 二日後。  自室にこもり、仕上げたスケッチから約束の絵を描き起こそうと、真新しいイラストボードに向かった沙世は、突然ノックもなしに、バタンと音を立てて開け放たれたドアに驚いて顔を上げた。 「沙世!」 「お父さん? 何よ、いきなりノックもなしに」  親子とは言え、年頃の娘の部屋にノックもなしに入って来た父親に、沙世は当然とも言える異議を唱え、顔をしかめてみせた。  しかし、一瞬でその表情が強張った。 「沙世! あのスケッチを寄越すんだ!」 「お…とう、さん……?」  沙世が今まで見た事もない顔をしていた。叱られた時だって、こんなに恐いと思った事はない。  沙世に向けられた瞳はどこまでも深い洞のように虚ろで、果てしなく昏い。 「沙世! さっさと出すんだ!! スケッチを渡せ!!」 「お父さん、やめて……!」  痣ができそうなくらい強く肩を掴まれ、乱暴に揺さ振られた。  制止を求める沙世の声も、父親の耳には届いていない。 「お父さん……!」 「スケッチはどこだ!?」  強い力で突き飛ばされ、沙世は抵抗もできずに床に転がった。  それには目もくれず、父親は机の上に置いてあったスケッチブックに気付くと、 「おぉ、これだ!」  むんずと掴み取り、目を酷くぎらつかせて、そのまま部屋を出て行った。  沙世には一瞥もくれずに。  暫し茫然とした後、立ち上がろうと、沙世はゆっくり身体を起こした。  しかし、両足に力が入らず、その場に崩れ落ちた。  そのまま両手で自身を抱き締める。肩が小さく震えていた。  ――恐い……。  見た事もない顔をする父親が、とてつもなく恐かった。  自分の父親である事さえ忘れてしまいそうなくらい。恐怖に身が竦んで、立つ事さえできなかった。  あんなものが、沙世の父親である筈がない。 「いったい、どうしちゃったってのよ……っ」  今にも泣き出しそうな沙世の言葉に、答える者はいない。
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