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「へぇ、上手いもんだね」
突然背後から声を掛けられて、沙世はびくりと肩を震わせた。
「あ、ごめん、驚いた?」
自宅近くのあまり人気のない公園。煉瓦を敷き詰めた散歩道と、それを取り囲む木立があるだけの、静かな場所。
その片隅でスケッチブックを開き、鉛筆を握る沙世に、声をかける者など滅多にいない。元々公園に来る人間自体が少ないのだ。
だからこそ、誰にも邪魔されずに写生ができると選んだこの場所で、足音も立てずに背後から近付いて来るような知り合いに、心当たりはない。
あったとしてもそれは、せいぜい家族くらいのもの。しかし、今の声に聞き覚えはない。
「誰……?」
恐る恐る振り返ると、見覚えのない少年が立っていた。
見たところ、年の頃は沙世と同じくらい。GパンにGジャン姿の、どこにでもいそうな少年。
今時の少年らしく、薄い茶色の髪。しかしそれは染めたとか色を抜いたとか言う雰囲気ではなく、元から――生まれつき色素が薄い感じの茶色の髪だ。
癖のないサラサラの髪が風に僅かになびいて、その下から覗く瞳も、明るい茶色をしている。
もしかしたらハーフか何かかもしれない。
ぼんやりと少年を見上げながら、沙世はそう思った。
「ごめんね、驚いた? 通りすがりにちらっと覗いたら、びっくりするくらい上手だからさぁ。君、高校生?」
「……ううん、中学三年」
「あ、じゃあタメだ。タメなのに上手いねぇ。すげーや」
屈託のない台詞と邪気のない笑顔に、思わず引き込まれそうになりながらも、少年の顔をまじまじと覗き込みながら、沙世が感じた正直な感想は「物好きなヤツ」だった。
まあ、公園で一人絵を描いている自分もかなり物好きな部類に入るだろうが、その自分にわざわざ声をかけていく少年は、もっと物好きの度合いが大きそうだ。
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