第一章

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 その時、少年の足元で、クゥン、と言う甘えるような鳴き声が聞こえた。 「え……?」  鳴き声につられて足元に視線を落とした沙世は、少年の足元に蹲る灰褐色の塊と目が合った。  灰褐色の塊と目が合う、と言うのはおかしいかもしれない。  正確には、少年の足元に大人しく蹲る、灰褐色の毛並に黄色い瞳の犬と、ばっちり目が合った。  そんなに大きな方ではない。体長は1mくらいか。やけに精悍な顔付きで、飼い犬と言うイメージからはほど遠い。  かと言って野犬と言うワケでもない。毛並は綺麗だし、少年の足元に蹲る様は実に大人しい。 「犬……?」  動物は嫌いな方ではない。小さい頃は、犬を飼いたいと駄々をこねた事もある。  家庭の事情と言うヤツで飼う事はできなかったが、今でも散歩途中の犬を見掛けると、思わず視線が追ってしまうくらいには好きだ。  蹲っていた犬が起き上がってちょっと首を伸ばし、沙世の手に鼻先を突き付けた。 「……っ」  一瞬、噛まれるのかと思った。  それほどに、黄色い瞳は野生味を帯びていて、強い意志を感じさせる。  びくっと肩を震わせ、手を引っ込めようとしたところに、生温かいものがペロリと手の甲を舐めていった。 「あぁ、大丈夫。コイツ頭いいから。絶対噛んだりしないよ」  笑みを含んだ声でそう言われて、沙世は恐る恐る手を伸ばしてみる。  そっと頭に置いた手に、犬はピクリとも動かない。躾はしっかりされているようだ。 「ほら、琅。ごあいさつ」  ワン。  少年の言葉が判っているかのように、『琅』と呼ばれた灰褐色の犬は、いかにも機嫌の良さそうな声で一声吠えた。  勿論、尻尾を左右に振りながら。  思わず沙世の頬が弛む。 「かっわい~」  頭を撫でると、更に嬉しそうに力一杯尻尾を振る。  見るからに賢そうな犬だった。  沙世に今にもじゃれ付きそうな気配を見せながら、決して少年の足元から動こうとしない。命令されなければ、一歩も少年の傍から離れない、そんな気配が窺えた。  最初はちょっと恐そうに見えた精悍すぎる顔付きも、よくよく見ればけっこう可愛く思えてくる。  立ち上がった姿を見ると、秋田犬などに比べて、些か脚が短めのような気もするが、そこはまあご愛嬌だ。
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