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「ね、コレ、見ていい?」
「いいわよ」
スケッチより、琅と遊ぶ方に夢中になっている沙世は即座にそう答えて、腰掛けていたベンチから地面にしゃがみ込み、琅に顔を舐められて嬌声を上げた。
代わってベンチに腰掛けた少年が、パラパラとスケッチブックをめくる。
その眼差しが、真剣なものに変わっていた。
殆どは風景画だった。鉛筆によるスケッチだけでなく、水彩で彩色した物も多い。外でスケッチして、気に入ったものには軽く彩色しておき、家に帰ってから本格的に描き起こすのだ。
最近は油彩も始めていて、スケッチはその為の下書きだった。
下書きとは言え、そのどれもが中学生の描いたものとは思えないほどの、高い完成度を示している。
その辺でポストカードなんかにして売っている水彩の風景画と比べても、何ら遜色はない。それは沙世自身自負するところだ。
「画家になりたいの?」
「うん!」
少年の問いに、琅と一緒に辺りを駆け回っていた沙世は、振り返りもせずに答える。
沙世の将来の目標は、美術科のある高校に入って、美大へ進学する事だった。
「なれるよ、君なら。すげぇもん」
「ホントにそう思う!?」
たっ、と駆け寄って来た沙世が、少年の顔を覗き込むようにして訊ねる。
「あたし、才能あると思う?」
「あるだろ、これだけ描けりゃ。はっきり言って、中学生レベルじゃないと思うよ」
「そう?」
にこっと笑って、再び琅の方へ駆けて行く。
「ねえ!」
ぱっと振り向いた表情が、眩しいほどに輝いている。
「この子、描いてもいい?」
「琅? もちろん。でも、コイツ大人しくしてるかな?」
「動いてる方がいいの。動きのあるデッサンしたいから」
「じゃ、大丈夫だろ。琅!」
一声短く吠えて、琅は少年の元へ駆け戻った。
「この子がお前を描いてくれるってさ。お前、モデルなんかできるのか?」
揶揄するような響きのある少年の問いに、まかせろ、と言わんばかりに琅が一声高く吠え、それから沙世の方に向き直り、続けて数回短く吠えた。
「こいつ、カッコ良く描いてくれってさ。ぜーたく言ってら」
少年の足元にちょこんとお座りし、つんとすましてみせる様子は、とても犬とは思えない。
人間の言葉が判っているのではないか。沙世は何の疑いもなくそう思ってしまう。
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