第一章

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「ね、コレ、見ていい?」 「いいわよ」  スケッチより、琅と遊ぶ方に夢中になっている沙世は即座にそう答えて、腰掛けていたベンチから地面にしゃがみ込み、琅に顔を舐められて嬌声を上げた。  代わってベンチに腰掛けた少年が、パラパラとスケッチブックをめくる。  その眼差しが、真剣なものに変わっていた。  殆どは風景画だった。鉛筆によるスケッチだけでなく、水彩で彩色した物も多い。外でスケッチして、気に入ったものには軽く彩色しておき、家に帰ってから本格的に描き起こすのだ。  最近は油彩も始めていて、スケッチはその為の下書きだった。  下書きとは言え、そのどれもが中学生の描いたものとは思えないほどの、高い完成度を示している。  その辺でポストカードなんかにして売っている水彩の風景画と比べても、何ら遜色はない。それは沙世自身自負するところだ。 「画家になりたいの?」 「うん!」  少年の問いに、琅と一緒に辺りを駆け回っていた沙世は、振り返りもせずに答える。  沙世の将来の目標は、美術科のある高校に入って、美大へ進学する事だった。 「なれるよ、君なら。すげぇもん」 「ホントにそう思う!?」  たっ、と駆け寄って来た沙世が、少年の顔を覗き込むようにして訊ねる。 「あたし、才能あると思う?」 「あるだろ、これだけ描けりゃ。はっきり言って、中学生レベルじゃないと思うよ」 「そう?」  にこっと笑って、再び琅の方へ駆けて行く。 「ねえ!」  ぱっと振り向いた表情が、眩しいほどに輝いている。 「この子、描いてもいい?」 「琅? もちろん。でも、コイツ大人しくしてるかな?」 「動いてる方がいいの。動きのあるデッサンしたいから」 「じゃ、大丈夫だろ。琅!」  一声短く吠えて、琅は少年の元へ駆け戻った。 「この子がお前を描いてくれるってさ。お前、モデルなんかできるのか?」  揶揄するような響きのある少年の問いに、まかせろ、と言わんばかりに琅が一声高く吠え、それから沙世の方に向き直り、続けて数回短く吠えた。 「こいつ、カッコ良く描いてくれってさ。ぜーたく言ってら」  少年の足元にちょこんとお座りし、つんとすましてみせる様子は、とても犬とは思えない。  人間の言葉が判っているのではないか。沙世は何の疑いもなくそう思ってしまう。
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