優しい音がするんだ

3/3
前へ
/10ページ
次へ
花は、 美しければ美しいほどに弱くはかないものだ。 だからこそ愛おしい。 それは守られるべき存在。 「なぁ、菊…おまえもそう思わないか」 何度目になるともわからないが、俺は彼の名を呼んだ。 返事などあるはずもない。 あの日以来 眠ったまま一度も目を覚まさない彼。 王子様のキスで目覚めるんじゃないか…なんて、 いつもなら茶化す男が、今回ばかりは何も言わずに俺の頭を撫でた。 それはまるで慈愛のような。 吐き気すら覚えるような優しさだった。 いっそいつものようにへらへらとしてくれていたらと、不覚ながら俺は思った。 菊が今こんな状況なのは誰のせいでもないのだから。 定められた運命に、俺達が逆らえるはずもなかった。 ただ菊をこんな状況に陥れたのが 菊の想い人であり俺の弟分であるという、皮肉。 永劫、菊の痛みを理解することは出来なくても その事実だけは、わかる。 どれほどに辛く悲しく、痛いことなのか。 俺は 菊はあいつといるときに一番幸せそうな笑顔で 笑っていたのを知っている。 二人が愛し合っていたことも だから俺がどれほど菊を愛したところで、それは意味を為さないということも 俺は知っていながら、菊を愛していたのだから。 目覚めた君に何と声を掛けたなら 君は俺を見てくれるのか 俺に本当の笑顔で笑いかけてくれるのか そんなことしか考えられなかった。 あいつへの憎しみよりずっと 君への愛欲が強かった。 「菊…」 俺は小さくため息をつき、病室を出ることにした。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加