6人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
あんなに憂鬱だった絵画展も、終わってみると何だか残念な気持ちになる。
緊張している自分、心から愉しむ自分が混ざり合って不思議な感覚。
蒼谷との待ち合わせには、まだ時間がある。
今度の絵の題材を散策してみるのも悪くないか、と以前から描きたいと思っていた場所へ足を運ぶ。
そこは街全体が見渡せる丘の上。
そこに一本の桜の木が優雅に聳えていた。
「また来ちゃった」
木の根元に腰を下ろす。
万里子は嫌な事があると、必ずと言っていい程此処へ来て、桜の木に愚痴を零していた。
一度友達に愚痴を零したら、そんなに嫌なら辞めれば、と返された。
返答を求めた訳じゃなく、只聞いてほしかっただけなのに。
その点、桜の木はイイ。只そこにあって、私の話を静かに聞き入ってくれる。
最近は愚痴を零す暇もない位忙しく、此処へも今日久しぶりに来たのだが、やはり此処の空気は落ち着く。
ふと腕の時計を見ると、小一時間程経っていた。
まずいと思い、勢いよく立ち上がると、桜の幹にえぐり取られた様な、酷い傷が目に付いた。
「誰がこんなこと……」
両手で傷を摩り、何を思ったかそこに口付ける。
最初のコメントを投稿しよう!