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「……体に異常はないか?」皇士郎は薫の首を覗き込む。
「いや、特に……」
白い首筋に、一筋赤い線が入っていた。色濃く固まった血が、虎ノ介の悲鳴のように感じて皇士郎はえもいわれぬ気持ちになる。
「……さすがに毒は盛らんか」皇士郎は小さく呟いて、薫に向かい合って座り、「虎ノ介が、すまなかった」
胡座の膝に手を置いて、皇士郎は頭を下げた。
「バッカじゃねーの」
皇士郎はゆっくりと頭を上げる。
「なんだと……?」と眉根を寄せれども、薫のからりとした声に皇士郎が救われたのは確か。
「んな、謝る必要ねえだろ。てめえも……一之瀬も」
「……虎ノ介は謝らんな」
固まっていた何かがほどけるかのように、ふっと緩まった皇士郎の表情がやけに鮮明に感じた。
「だろうな、アイツは」
「……虎ノ介は、俺のことになると見境がなくなってしまう」
「……だろうな」
(それでいいのかよ、てめえは)と皇士郎の頭の中に入ってきたのは薫の声。
――わからない。
「いつの間にか、俺が虎ノ介の生きる理由になってしまった」
なぜ、薫にこんなことを話しているのかも、よくわからなかった。聞いてほしいわけじゃない。わかってほしいなんて毛頭思っていない。
「てめえと一之瀬の関係なんざ、よくわからねえよ。窮屈そうだってことぐらいしか」
皇士郎は小さく自嘲して、
「……だろうな」先ほどまで薫が立て続けに言っていた言葉を口にしていた。
「でもよ」薫は面倒くさそうに頭をかいた。「理由なしで生きていけるほど、俺たち強くできてねえんじゃねえの?」
なぜ薫にこんな事を話していたか――薫の、こんな言葉が欲しかったからかもしれない。
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