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少女は、ずっと待っているんだ。手紙が送られてくるのではなく、手紙が送られる瞬間を。
「待ってるんだね、ここで」僕は囁くように言う。
「そう、ここで待ってる時は退屈じゃないだ」
「でもさ、一日中ここでお父さんの家見てたんだよね?」
「うん、ずっと見てたよ」
「だったら、お父さんを見たりしなかったのかい?」
「うん、見てない。お父さん一度も部屋から出てきてない」
僕の中に不安がよぎった。お父さんに何かがあったんじゃないか? 少女はきっと、昨日も一日中ここで家を見ていたはずだ。一度も部屋から出て来ないなんておかしい。
「お父さん、早く来ないかなあ」
少女の顔を見る。アパートの方に真っ直ぐ見ている。林檎のように赤い頬が少女のあどけなさを象徴している。
僕は、何だかやり切れない気持ちになってしまった。何気なく時計を見る。
「ねえ、もう十一時になるからさ、今日は帰ろう。お母さんも心配してるよ」
「お母さん夜働いてるから今は家に居ない。でも、今日はもう疲れたから帰る」
「うん、そうした方がいいよ。明日も来ればいいし。家まで送ってあげるよ」
「ありがとう」
少女は立ち上がり歩き出した。僕も、後を追うように歩き出す。
十分ほど歩くと少女の家に着いた。同じ様なドアが何個も並ぶマンションだった。一回や二回来ても、どの部屋が少女の家か、覚えるのは難しいだろう。
「お兄ちゃん、今日はありがとう。また明日ポストの前で会おうね」
「わかった。また、明日。あっ、そう言えば君の名前聞いてなかったね」
少女が名前を告げた後、僕も少女に名前を教えた。
一度、笑顔を見せ、ポケットからカギを出し、ゆっくりとドアを開け、少女は部屋に入っていった。
僕は、しばらくその光景を見た後、夜空を見ながら来た道を戻っていった。
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