第一章 少女と手紙、父親が涙を流す理由

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父親の部屋は、男の一人暮らしにしてはとても綺麗に片付いていた。本棚は小説で埋まっている。その上に、写真立てが置いてある。僕は、手に取りそれを見つめた。 「いい笑顔でしょう? まだ、家族でいた時の写真です」 父親は両手にコップを持っていた。一つを僕に渡し白いテーブルの横に座った。コップにはお茶が入っている。一口飲み、僕も座った。 「あの……」 「大体聞きたい事はわかっていますよ。何で家族一緒に暮らしていないかですよね?」 「はい、娘さんはずっと――」 「その前に、私から質問してもいいですか?」 「えっ? あっ、はい」 「私の娘に、どこで会ったのでしょうか?」 「あの、ポストの前です。ここのアパートの前にあるポストです」 「そこで娘は何をしていましたか?」 「ポストの前で座っていました。手紙の……手紙の返事を待っているんです」 父親は、ため息をつき立ち上がると、本棚の隣にある棚の引き出しを開けた。そこから、一枚のハガキを出し、僕の目の前に置いた。 「これは、娘さんの手紙ですね?」 「そうです」 ハガキには、さっき少女が言っていた内容が書いてあった。字の大きさがまばらではあるが、気持ちがこもっている。 「はい、娘さんはこれの返事を待っているんです」 「裏を見てもらっていいですか?」 「え?」 僕は、ハガキの裏を見てみた。ここの住所が書いてある。字は、とても綺麗に書いてあった。恐らく少女の母親が書いたのだろう。その横には、少女の家の住所が書いてあり、その右下に『平成十六年』と書いてある。 「えっ? これって」 「そうです。五年前の手紙です」 「どういうこと、ですか?」 しばらく沈黙が続いた。父親は、深くまばたきをし、ゆっくり口を開いた。 「私の娘は――五年前に死んでいるんです」
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