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錫崎桐が先ず初めに異変を感じたのは、いつもなら窓から差し込む光で目覚める筈の自分が、それに気付かず、今日初めて寝坊といったものを体験したからである。
「―― ち、遅刻する…!! 行ってきます!」
素早く冷蔵庫の中から掴み取った朝食代わりの飲料ゼリーを噛み押さえて、家族とロクに挨拶もせず玄関から飛び出した。
ブレザーの一部となる筈のネクタイが、巻いてあるならば問題なし、とでも言う様に変わった形態のままで、くせっ毛の黒髪を揺らめかせながら、桐は全力で走っていた。
そういえば、と。
桐は何かを思い出した顔色でポケットに入れてあった携帯電話を取り出す。
「…勇慧さん達に連絡するの忘れてた」
まぁあの二人の事だから、と。大して気にも止めず、彼は再び電話を懐に戻す。息が上がってしまっている為に、電話をする余裕などありはしない。
ただ、ひたすら目的地の学校へと目指す。
だがそんな途中の通学路にて。
桐は、視界に入った一つの光景に目を移した。自分も顔馴染みと幾度か訪れた事がある公園。
その公園内にて、一人の中学生らしき女の子が人だかりの中でうろうろと動いている。おまけにすべり台に群がる人だかりは、少女を取り囲む状態で何か言い争いをしていた。
そしてそんな少女と人だかりの真横で、何やら欠伸をしながら場を眺めている少女と同年代らしき学ラン姿の少年。
「や、止めるです! 貴方がたの喧嘩は、何の解決にもならないのです!」
気の抜ける様な声を出す少女だ、と桐は心無しか思う。だが、そんな事は今重要視するべきところではない気がした。
彼女が取り乱した雰囲気で「喧嘩するな」と訴えているのにも関わらず、周りの僅かに身長ある者達は、そんな少女の注意を無視して口論を続けているのだ。
「…ったく、何なんだよさっきから、餓鬼は引っ込んでろ!」
桐の瞳に一瞬信じられないものが映る。口論していた人物中のある女性が、喧嘩の仲裁に入っていた少女をまるで振り払うかの様に軽く蹴飛ばしたのだ。
『え、ちょ、君達…!』そう言った時には何も考えていなかった。『一体何してるんですか!』
躊躇う事など忘れ、ピンチに訪れた時の勇者の如く、彼はその体を公園へと投げ入れた。
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