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早瀬朔夜が先ず初めに異変を感じたのは、早朝7時46分の今日。共に登校する筈のある男女を待っていた時、目の前に見知らぬ女性が突如現れたからである。それはそう、まるで瞬間移動をして来たかの様に。
「あら、おはようございます」
此方へ振り向いて自分に気が付いたらしき女性は、落ち着いた物腰で微笑んだ。
ストレートの腰まである黒髪に、ベージュのブラウスと純白の柔らかい生地上のスカート。片腕には鮮やかな彩色に包まれた花束を抱えていていて、その花がまた彼女の風貌を一段と輝かせていた。
しかし花の種類が何であるのかは分かる筈もなく、朔夜は緩く首を傾げて花を見つめる。けれども確か、何処かで見た様な気もするのだ。
「…え、あ、どうも」
「申し訳ないけど、開店時間は午後からなの。また後日いらして下さる?」
そう言われて視界を数メートル先に流してみると、普段見掛けた事のある店が存在していた事に気が付いた。珈琲専門店の様である。シックで洒落た外装、その扉の横には『開店13時~』の文字で書かれた看板。
「あーと…、そりゃすみません。友人待ってたんで…」
朔夜は、今一度周辺の様子を伺うべく辺りを見回した。 早朝と言えど、学生が使う通学路であり住民が利用する歩行経路である。人一人居ても可笑しくはないのだが、それは今日に限って違かった。飼い犬を連れて散歩している女性も居ないし、毎日ランニングが日課の中年男性も存在しない。自分とその女性だけなのだ。
それはどう考えても、朔夜には居心地の良いと思えるものでは無かった。
優れない気分のまま立ち尽くす彼の横を、女性が身軽な体で擦り抜けて行く。鍵とドアが開いた音に続いて、上部に設置されていた鈴の鐘が甲高く鳴り響いた。
その光景を反射によって細くなった瞳で捕らえながら、朔夜は頭上へ上げた腕で影を作る。
それから漸く、自分が気に掛かった事は顔馴染みの中年男性や女性の存在ではないという事を思い出した。
「あ…、ちょっと!」
中から持ち出して来たらしき『作業中』のプレートを扉に掛けながら、女性は目線を朔夜に変えた。
「何かしら。学校、遅刻するわよ? 相手はまだ来ないのね」
「いや、それもあるけどそーじゃなくて…、なんつーか……」
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