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――逃げろ、
――逃げろ、
――早く逃げるんだ……!!
無我夢中で走り続けた。
後方から迫り来る恐怖に身を奮わせながら、足に渾身の力を込めて地面を蹴る。
降り注ぐ雨。バシャリと水溜まりを踏み付ける音が聞こえた。
現状を理解する暇も無く、ただ走り続ける。
焦りと恐怖から、一刻も早く逃れたくて、逃れたくて。
呼吸を整える余裕なんて、今の私にある筈も無かった。
「っ……」
息が、出来ない。
なのに、心臓だけはドクドクと高鳴り役割を果たしている。波打つその根源に近い胸元の服を強く掴んで、短く息を吐いた。
重く、暗い空から次々に落ちて来るそれは心の底まで凍えさせる様に冷たい。容赦無く私の身体を打ち付けていた。
常時ならば、金平糖の様に落ちて行くその様は美しいと思わずには居られない程。でもそんな雨の中、服に染み込む雨水や泥等、微塵も気にならない。
それよりも何よりも、“あれ”が何なのか理解する事が出来なかった。
「……何でっ、こんな事、に……っ」
力無く蹴る足はもうその意志さえ無くなっていて、後ろとの差は確実に縮まる。
か細く呟いた声は、止まない雨の音に掻き消された。
どうして、一体、何でこんな事になってしまったんだ。
心の底に滲み出て来た言葉はただ、それだけ。瞳に映る景色は、絶望の一色。
ただでさえ涙でぼやけていた視界が、遠退く意識で歪んで行く。
けれども体が堕ちるその間際。まるで地面に吸い寄せられる様な感覚の中、暗闇で自分に覆い被さるが如く、黒い影を瞳が捕らえていた。
一筋の光が、差し込んだ気がした。
「――― なぁ、助けてやろうか?」
暗雲の上空に走った雷鳴の後、“それ”は穏やかな口調でそう言った。
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