0人が本棚に入れています
本棚に追加
「―― 別に。ただ、哀しくなかったからだよ」
一つ間を開け答えると、それからまるで何事も無かったかの様に無表情で勇慧は写真を手に収めた。
嫌に静かな沈黙が流れる中、冷蔵庫を開いて缶ジュースを二つ取り出した彼女に朔夜は冷ややかな視線を送る。
コン、と透明なテーブルに置かれた缶からは、正に涙にも似た無色の雫が一筋落ちていた。
「哀しくなかった…? 両親が死んだのにか」
「あんな人達、親でも何でも無い。それは…、咲夜が一番分かってるでしょ?」
「分かってるよ。でも、それでも唯一の両親だったんだろーが」
「それでも、哀しくなかった」
言い返す言葉も浮かばす、朔夜は苦々しく自分にしか聞こえないくらいの音量で舌打ちをした。表情だけが、納得いかない事を象徴すべく変動している。
勇慧の両親は、忙しい煌びやかな世界の住民として注目を浴びる存在だった。故に小さい頃から自分とよく夕食を共にしていた事で、思い出と言う思い出も少なかったのかも知れない。彼女にとって、そんな考えを抱く事は間違いでは無く、逆に普通な事でもあるのかと、朔夜はそう思った。
勇慧は黙りこくる彼を確認すると、蓋を開けた缶ジュースに口付ける。喉仏は一度二度、と数回唸り、カラカラに渇いていた口内を癒した。
「でも、菜依は違うだろ…」
そう聞くなり、すかさず勇慧の目線を追った。捕らえた彼女の瞳は揺らぎ、様々な感情が飛び交っている。
それを見逃さなかった彼は難しげに眉を寄せ、浮かび上がった一つの予測を頭の隅に留めた。
しかしその顔は珍しい程に引き攣っている。
同じ体勢の状態で身体が固まっているのは、誰がどう見ても一目瞭然。
「…―――」
まさか、朔夜がそう言いかけた時。
驚きと、そして哀しみに満ちた顔色で手に握り締めていた缶をテーブル上に置き、一度窓へと視線移した彼女に目を奪われる。
カーテンを仰ぐ、その外の向こうには微かな風の揺らめき。
渦巻く胸中の焦れったさを抑えながら彼女との距離を縮める。
目の前の人物が他人であったのなら面倒の一言で済ませる筈だったのだが、生憎そういう訳にもいかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!