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「何で、今泣いてんだよ……」
困った様に一つ短い溜め息を漏らすと、二つある内の、手の付けていなかった缶ジュースへと手を伸ばした。向かい合う形で座り込む自らの前には、涙を流すという行為で感情をあらわにした顔馴染み。
彼女の考えている事が些か分かってしまった為か、旨味を感じる筈の飲み込んだ飲料水の味が、朔夜には損なわれてしまった様な気分だった。
「――…が、忘れられないの」
そう呟き、聞き取れなかった前文に、ぶっきらぼうだが優しい語調で問い返す彼。涙を落としたのは一瞬の事で、それ以上流す訳でも無い。勇慧だけは眉一つ動かさず、午後を示す時計の針が、ただ彼女の鼓動を振るわせた。
「菜依が…、妹が殺された時の顔が、頭からこびり付いて離れないの。 …まるで、私に何かを訴える様に」
朔夜はその言葉に暫く沈黙していた。言葉を選んでいる様にも取れたが、驚きを隠せなかった様にも取れる。しかしこの発言で、脳の片隅に置かれていた思考が忙わしなく一気に活動し始めた。そしてそのまま耳を貸す前の人物に、勇慧は言葉を続ける。
「…ねぇ朔夜。もしたった一つだけ願いが叶うなら、今、何を願う?」
口を引き結んで、未だ缶に残されていた中身をぐいっと飲み干した。呟く様に言った彼女の言葉を聞き逃した訳では無かったが、それでも先程までと違う勇慧の雰囲気に思わず目を見張る。
例えばその質問の意味を答えたとして、一体何になるのか。願っただけで叶う事など到底ある筈も無い。
唐突過ぎる彼女からの問いに、朔夜はふとそう考えた。
この部屋とは似つかない、重々しい時計の音が鳴り響く。
まるでタイミングを見計らったのかと、そう思わずにはいられない。
「私はさ、願えば己の願望が叶うだなんて思った事ないよ。勿論、前も今も、これからも。 ―― でもね、それが叶うかもしれないんだ」
動いた唇の言葉からは、語り掛ける様な口調ではあったのだが、彼女の強い決意を示す意思が感じられた。
「……どういう、意味だよ…?」
思わず目を見開く。正直、彼女が何を言いたいのか理解する事が出来なかったのだ。しかし先程から何となく浮かび上がってしまっていた思考を考えると、彼女の続く言葉が分かる様な気がしてならない。
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