紫水晶~Amethyst~

5/7
前へ
/122ページ
次へ
 やがて退院する者が1人2人と現れ、その全員が、彼女に告白してきっぱりフラれたと言う噂が僕達の間に広まった。  誰もがしめた、と思ったね。  彼女にはちゃあんと本命がいて、その相手から告白されるのを待っているんだと。  そしてその相手は間違いなく自分だと、皆が皆確信していた。  誰も彼女の本命が病院外にいるとか、既に結婚してるとか、あるいは婚約者がいるとか考えもしなかったあたりが、周りが何も見えてない証拠だ。  それからは退院前の告白合戦となった。  退院が決まった男達は、彼女を人目のない中庭や屋上に誘い出し、告白するのがもはや決り事のようになっていった。  そして言うまでもなく、告白した全員が見事に玉砕したのだった。  やがて僕に順番が回ってきた。  至極真面目に、模範的入院患者をやっていた僕は、思ったより早く退院の日を迎える事ができた。  骨折の状態からすれば、驚異的と言っていい回復力。これも愛のなせるワザ。  担当医がそれを告げた時、確かに嬉しかったけど、それと同時にそれは彼女との別れの日も意味していて、素直に喜ぶ事ができなかった。  いや、勿論、このまま別れてしまう気なんて毛頭なかったけれど。  そしてその日の午後。  僕はかねてからの予定通り、彼女を屋上に呼び出し、2人きりになった。  担当の誰かが退院する度に呼び出されては告白されて、きっぱり拒絶している彼女。  いい加減、告白される事にも断わる事にも慣れているだろうし、飽きてもいるだろう。もしかしたら、本命以外の男に言い寄られる事に、腹を立てているかもしれない。  もしそうだとしたら。  可哀想な彼女の為に、僕はとびっきりの告白をしよう。  彼女をびっくりさせて、なおかつ大喜びさせるようなとびっきりの告白を。  だけど。  屋上に現れた彼女は。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加