第十回「小説」

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 小花柄のブックカバーに覆われた文庫本を、遥はため息と共に閉じた。きらきらと輝く言葉の羅列に、空想の羽が広がってゆく。  昼休みが終わるまであと十分。存分に物語の余韻に浸ろうとしたその時だった。 「須藤って、いつも本読んでるよな」  左側から聞こえてきた声に振り返ると、窓枠に腰掛けた一人の男子生徒と目が合った。 「金沢、くん」  日に焼けた肌に白いシャツが眩しい。金沢と呼ばれたその生徒と遥とは、同じクラスとはいえ言葉を交わしたのは数える程だ。内向的な性格の遥は、金沢に限らず異性との交流が苦手だった。  その代わりというわけではないが、物語の中で恋をする主人公には必要以上の思い入れをしてしまう。先ほど読み終わったのも、高校生が主人公の恋愛小説だった。紙の上で繰り広げられるやりとりに、現実を忘れてのめり込んでしまった。 「どんな本読んでるんだ?」 「えっと、その」  戸惑いながらも遥は幾人かの作家の名前を挙げた。すると金沢は白い歯を剥き出しにして笑う。 「ごめん、俺、あんまり本読まないからわかんねえや」 「え……」  ではなぜ、自分に話しかけたのか。不思議そうに首を傾げた遥の意図を汲み取ったのか、金沢は窓枠から床に飛び降りながら答える。 「須藤がいつも、楽しそうに読んでるから、聞いてみたくなった」  彼の言葉に、遥は頬を赤らめる。物語にどっぷりと浸かりながら文字を追う時、自分はどんな表情をしているのだろうか。口元を緩めてだらしない顔をしていないか、心配になる。 「何かおすすめがあったら、今度教えてよ」  もごもごと口ごもる彼女にもう一度歯を見せると、金沢は自分の席へと戻って行った。彼の背中を追いかけるように、チャイムが鳴る。遥は前から三番目の机に座る金沢の白い背中をみつめながら、教科書とノートを取り出す。  おすすめ、おすすめ。一体何を紹介しようか。最近読んだ本を思い浮かべながら、遥はまだ熱い頬に手をやった。  紙の中の出来事だとばかり思っていた恋が、彼女に向かって一歩、近づいてきた瞬間だった。
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