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子どもの頃から、子どもが嫌いだった。大声で喚いて、泣いて、自己主張して。まるで世界が自分のために回っているかのように、勘違いしている。そんな子どもが嫌いだった。
両親は躾に厳しいひとたちで、箸の上げ下ろしから言葉遣いに至るまできっちりと教え込まれた。ぴしゃり、と手を叩かれることも度々あったが、自分が悪いのだと思えば腹も立たない。ただ、周りの子どもたちと自分とが、ずいぶん違っていることに気づいてからは少しだけ苦しかった。
「茉莉は少し、完璧主義が過ぎるんだよ。誰もがみな、君のように出来るとは限らないんだ」
恋人だった隆文からため息混じりに言われた時には、今までの自分を否定されたようでひどく悲しくて、声をあげて泣いた。私はただ、教えられた通りに生きて来ただけなのに。
彼は食事する時にはいつもテレビを付けないと気が済まない人で、私は幾度となくその悪癖を指摘したけれど、決してやめようとはしなかった。
「将来、子どもが出来た時に、真似したら困るわ」
「じゃあ、別れる?」
ずるい人だ、と思った。私が彼に惚れ込んでいて、そう簡単には離れられないのを知っているくせに。
子どもなんて、いらない。だからずっとそばにいて。泣きながら抱きつく私を撫でながら困ったように笑っていた愛しい人。
あれからいくつもの朝と夜を繰り返し、私たちは人生を共に歩むことを決めた。あれだけ嫌だったテレビの音も、今では気にならない。
それよりも、今は。
「あ、動いた!」
「本当だ、動いた」
私の中に息づいている小さな命が、無事にこの世に産まれて来ること。それだけが、私の願いだ。
水さえ飲めなかったひどい悪阻のさなかも、この子をいらないなんて思えなかった。芽生えた母性は私を少しずつ、変えてゆく。
子どもなんて嫌い、なんてもう言えない。私の世界はこの子のために回っているのだから。
早く会いたい、私の愛しい子。
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