第十三回「縁起」

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 柔らかな光が差し込む窓辺に彼女は横たわっていた。  細められた目は、見るからに心地良さそうである。すらりとした肢体は余分な贅肉などつけておらず、どこまでもしなやかだ。  私の視線に気づくと彼女は、ふん、とそっぽを向いた。高慢ちきな素振りさえ、彼女がするとさまになる。  けれど私は彼女と打ち解けたい。それが、私に課せられた試練だから。  そうっと手を伸ばすと、彼女は体を反転させる。  いけない、と思った時には既に私の手のひらは彼女に捕らえられ、磨き上げられた爪が食い込んでいた。 「痛いっ」  思わずあげた声に、ベッドでまどろんでいた啓太にどうしたの、と尋ねられた。私はひりつく甲をさすりながら、振り向く。 「ミーナに、やられたの」 「だから言ったのに。そいつ、よその奴には懐かないんだ」  そんなの、知ってるわよ。私は、恨めしい気持ちでいっぱいになる。  気ままな癖に警戒心の強い彼女を、啓太は溺愛していた。彼にしか甘えないところが、いいらしい。  何より、彼女は啓太の幸運の女神だというのだ。  彼女が家に来てからというもの、啓太は三種類の資格試験に合格し、上司からの覚えもめでたいらしい。同期の中では俺が出世頭だな、なんて得意そうに笑っていた。  だから彼と結婚するには、ミーナと仲良くなるのが必須条件なのだ。私はもう一度、彼女に向かって手を伸ばした。 「いたたっ!」  今度は両手で抱え込まれて、歯を立てられてしまう。その上、キックのおまけつきでなかなか離してくれない。  なんて、乱暴な娘なんだろう。私はため息をついた。 「ミーナ、亜矢子とも仲良くしてやってくれよ」  とろけそうな笑顔で彼女に声をかける啓太の横顔を、私は軽く睨みつける。  ミーナには、甘いんだから。  当の本人は何事もなかったかのように、白い腹に舌を這わせ、毛繕いに夢中だ。  小さな背中に散らばる、茶色と黒。  彼女たちはその希少さから縁起が良いと船乗りに珍重されて来たという。 「三毛猫は、家人にしか懐かないんだってさ」  私がその恩恵にあずかれるのはまだまだ先のようだ。
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