第十八回「自分」

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 他人に甘えるのが下手だった。  なかなか心を開かないくせに、一度気を許したらべったりと体を寄せてしまう。  重みを預ける加減は、いくつになってもわからない。  ゆうべ見た夢は、幼い頃の苦い記憶。  母親に叱られ、毛布を一枚だけ持たされると玄関の外に放り出された。迫りくる夕闇は、オレンジの小さな門灯だけでは心もとなくて、だけど素直に許してと泣くには可愛いげの足りない子どもだった。  愛されたいと願う気持ちは人一倍強いはずなのに、それを伝える術を持たずに大人になった。二歩も三歩も先回りして、ひたすらに他人の気分を害さないことだけを気遣っている。  そのくせ恋人には、ぐずぐずに甘ったるい許容を求めるのだ。 「……どうした?」  掠れた声に振り返ると、ソファに寝そべったテツヤと目が合う。  泣いて喚いて喧嘩して、それでも同じ屋根の下で眠った私の狡さを忘れたように、彼は首を傾げていた。  そんなに、優しくしないで。  ううん、もっと甘やかして。  だけど、見捨てないで。  我が儘で都合の良い願いが、浮かんでは消える。  そのどれもが今の気分にはそぐわなくて、私は黙って首を振る。ずきずきと痛む頭は、深酒のせいだろう。  立ち上がった彼は、ベッドに横たわる私に覆いかぶさるようにして抱きしめる。薄い胸に押し潰された鼻が少し痛くて、だけど突っぱねることのできない浅ましさにため息が漏れる。  いっそこのまま、溶けてしまえたらいいのに。  テツヤの体温を素肌に感じながら私はまぶたを閉じる。境目なんてわからないくらいに混じりあって、ひとつになりたい。  そうすれば底の知れない寂しさも、幾分か埋められるだろうに。  けれど私は、知っている。  私はどこまで行っても私でしかなくて、他人と分け合う孤独には限度があるのだと。 「もう、行かなきゃ」  名残惜しい気持ちを見ないふりして、私は彼の腕をやんわりと押し戻す。  誰より私を許して欲しかったあのひとは、もういない。  クローゼットに吊した黒いワンピースを思い浮かべながら私は、サテンのスリップに手を伸ばす。
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