第二十回「ハロウィン」

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 お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ、なんて。  だったらお菓子の代わりにあたしを食べて。  マシュマロみたいにふわふわでもないし、ゼリービーンズみたいに甘くもないけれど、あなたに抱きしめられたらあたし、エスプレッソに浮かべたバニラアイスみたいに溶けてしまいそう。  ねえ、魔女って本当にいるのかな?  イモリの黒焼きを譲ってくれるならあたし、だいたいのものは引き渡してしまうと思うな。いまのあたしは、あなた以外に欲しいものなんてないもの。  だけど。 「片山?」  名前を呼ばれて一瞬にして引き戻される現実は、とても苦い。吸血鬼に扮したあなたの隣には、オーガンジーのミニワンピースがよく似合う妖精の彼女。金髪のウィッグが、コケティッシュな魅力を引き立てている。  それに比べて、あたしは。 「お前、それ手抜きだろ」  黒猫の着ぐるみパジャマに、アイライナーで描いたヒゲ。やる気なさげに見えるのは、承知の上だ。  だってかわいく着飾ったとしても、あなたはあたしを選ばない。柔らかくへこんだ両頬のえくぼさえ、こんなに愛しいのにな。 「うるさいよ。あたしは実花ちゃんみたいにスタイルよくないし」 「そんなことないぜ。こいつ、意外と下っ腹出て……いてっ」 「譲ってば、ひどい」  じゃれあう二人は付き合って、もう一年になる。  だけど知ってる?  あたしがあなたを好きになって、二年が過ぎたこと。誰にも言えず、ひとり恋い焦がれてたこと。 「悪かったって。な? 機嫌直せよ」 「じゃあ明日、カトレアのケーキセットおごりね」 「えー、あそこ高いじゃん」  幸せそうな恋人たちの夜、あたしはただの引き立て役で。だから仮装パーティーなんて、いやだった。  だけどなんだかんだ言ってあなたに会いたくて参加してしまう、自分の弱さが一番嫌い。 「そろそろ、行こ」  一生懸命口角を引き上げて、あたしは歩き出す。鼻がツンとするのはきっと、肌寒い夜の校舎のせいだ。  トリック・オア・トリート。  口の中で呟けば、切なさがこみあげる。  お菓子なんていらない。  欲しいのは、あなただけ。
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