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ヒロキの様子がおかしいと思ったのは、去年の暮れのことだ。
メールは苦手、電話も極力避けたい、なんて言っていた彼が、やたらと携帯電話を気にしている。
なんてわかりやすいんだろう。私は、彼がシャワーを浴びているすきにため息をついた。
ヒロキとは大学三年生の時に付き合いはじめた。だからもう、五年も一緒にいることになる。
大声で怒鳴りあうこともあったし、しばらく距離を置いたこともあった。それでもなんだかんだで彼が好きだったし、向こうも同じ気持ちだと思っていた。
それが浮気、ねえ。
長すぎた春、と心の中で呟きながらも私はテレビに視線を戻す。画面には、話題のレストランをレポートする若いモデル。
「おいしい」「かわいい」「すごい」。貧困な語彙に半ば呆れながらも、綺麗に巻かれた栗色の髪やストーンがちりばめられた長い爪に胸がざわつく。
やっぱり、ヒロキもこういう女の子が好きなのかもしれない。
彼は化粧っけのない私のことを「自然でいい」と褒めてくれたけれど、別に好きでこうしているわけではないのだ。アレルギーの酷い私は、最低限のメイクしかできない。
季節ごとに出るアイシャドーの新色や、お人形みたいなつけまつげに憧れる気持ちを、痒みにひきつる笑みでごまかしてきた。仕方のないことだと、言い聞かせながら。
私だって、私だって。
ちりちりと胸を焼く劣等感に荒れた唇を噛んだ時、微かな振動音が聞こえた。それがヒロキの携帯だと気づいた時、私は思わず手を伸ばしてしまう。
フリップを開くと、新着メールを告げる封筒のマーク。
誰から?
ううん……迷惑メールかもしれないし。
でも、もしかしたら。
震える指が、ボタンを押した。せめて差出人だけでも、確認しておきたかった。携帯を盗み見るなんて恥ずべき行為だとわかっていながら、感情が先走った。
しかし私の出来心は、暗証番号を求める画面に阻まれる。
彼の秘密が、こんな小さい機械の中に入っているなんて。
くらくらと狭まる視界の中、私は思いつくままに四桁の数字を打ち込み始めた。
ヒロキの誕生日、私の誕生日、彼の車のナンバー……繰り返される小さなエラー音は、疑念を確信に変えた。
まだ、失いたくない。
だけど、知りたい。
やがて切り替わった画面が私の心と、ヒロキと過ごした五年間とを焼き尽くしてゆく。
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