第二十二回「二〇一一」

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 ヒロキの様子がおかしいと思ったのは、去年の暮れのことだ。  メールは苦手、電話も極力避けたい、なんて言っていた彼が、やたらと携帯電話を気にしている。  なんてわかりやすいんだろう。私は、彼がシャワーを浴びているすきにため息をついた。  ヒロキとは大学三年生の時に付き合いはじめた。だからもう、五年も一緒にいることになる。  大声で怒鳴りあうこともあったし、しばらく距離を置いたこともあった。それでもなんだかんだで彼が好きだったし、向こうも同じ気持ちだと思っていた。  それが浮気、ねえ。  長すぎた春、と心の中で呟きながらも私はテレビに視線を戻す。画面には、話題のレストランをレポートする若いモデル。 「おいしい」「かわいい」「すごい」。貧困な語彙に半ば呆れながらも、綺麗に巻かれた栗色の髪やストーンがちりばめられた長い爪に胸がざわつく。  やっぱり、ヒロキもこういう女の子が好きなのかもしれない。  彼は化粧っけのない私のことを「自然でいい」と褒めてくれたけれど、別に好きでこうしているわけではないのだ。アレルギーの酷い私は、最低限のメイクしかできない。  季節ごとに出るアイシャドーの新色や、お人形みたいなつけまつげに憧れる気持ちを、痒みにひきつる笑みでごまかしてきた。仕方のないことだと、言い聞かせながら。  私だって、私だって。  ちりちりと胸を焼く劣等感に荒れた唇を噛んだ時、微かな振動音が聞こえた。それがヒロキの携帯だと気づいた時、私は思わず手を伸ばしてしまう。  フリップを開くと、新着メールを告げる封筒のマーク。  誰から?  ううん……迷惑メールかもしれないし。  でも、もしかしたら。  震える指が、ボタンを押した。せめて差出人だけでも、確認しておきたかった。携帯を盗み見るなんて恥ずべき行為だとわかっていながら、感情が先走った。  しかし私の出来心は、暗証番号を求める画面に阻まれる。  彼の秘密が、こんな小さい機械の中に入っているなんて。  くらくらと狭まる視界の中、私は思いつくままに四桁の数字を打ち込み始めた。  ヒロキの誕生日、私の誕生日、彼の車のナンバー……繰り返される小さなエラー音は、疑念を確信に変えた。  まだ、失いたくない。  だけど、知りたい。  やがて切り替わった画面が私の心と、ヒロキと過ごした五年間とを焼き尽くしてゆく。
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