立腹温泉

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 僕が湯治のために山湯温泉を訪れたのは、6月のとある週末の事だった。週明けの月曜は平日だったが、うまい具合に休日出勤した日の代休が取れた。僕はそれで、少しばかり遠出をしてみようと思い立ったのだ。  山湯温泉は、僕の住む街から少々離れた、とある地方都市の郊外の、山あいの温泉郷だ。古くから名湯として知られ、最近ではスキー場やリゾートホテルなども作られているらしい。  温泉郷入口なる停留所で、バスを降りる。時刻は午後1時をちょっと回ったぐらい。左の膝と足首が痛い。古傷のせいだ。  かれこれ3年ばかり前、僕は、交通事故で左足ばかり4箇所も骨折した。怪我自体はとっくに完治しているのだが、以来、神経痛に悩まされている。長時間立ち続けたり、座り続けたり、という事がまるで出来ない。この街の駅前から、バスに1時間程度乗っただけで、ご覧の有様だ。  梅雨の晴れ間、初夏の陽気。街の中心市街地は真夏のような暑さだったが、この温泉郷周辺は、嘘のように涼しい。木々の鮮やかな緑が目に、山の爽やかな風が汗ばんだ肌に、たまらないほど心地よかった。  温泉郷の入口には、大きな観光案内看板が建てられていた。『あったまるね! 山湯温泉』と大書された、周辺の案内地図。まだ真新しいように思えたが、スキー場やリゾートホテルが描かれていないところを見ると、見てくれほど新しくはないのかも知れない。
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