立腹温泉

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 自宅から100km程度しか離れていない温泉郷。僕は「神経痛に良いらしい」という噂しか知らず、気の向くままに訪れてしまった。当然、地理には不案内だ。僕は取り敢えず、近くにある『温泉観光協会本部事務所』とやらを訪ねる事にした。  温泉郷入口近くの、小さな雑居ビルの1階。机がいくつか並んだだけの粗末な事務所が、温泉観光協会本部。市役所の職員を思わせる、生真面目だが陰気そうな中年の男性が、受付の係らしい。僕は彼に声をかけた。 「湯治の真似事をしに来たのだけど、どこかに『外湯』をやってる温泉旅館か、公衆浴場みたいな物は無いかい?」 「ああ、済みませんね」  中年男性は、無愛想に答える。聞けば、公衆浴場は存在せず、外湯をやっている旅館ならあるにはあるが、受け付けは午前11時で終了。正午以降に入浴出来るのは宿泊客のみ、との事だった。  僕は目を丸くした。事前の準備を怠った、手痛いしっぺ返し。僕はまんまと、無駄足を踏まされた訳だ。 「随分とまた、商売ッ気の無い話だねぇ」  と、皮肉を言ってみたが、 「協会の取り決めですから」  と、にべもない。  僕はさっさと尻尾を巻いた。
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