立腹温泉

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 さて、アテが外れたとなれば、あとは帰るか、飯でも食うしかない。時刻は午後1時半を回ったところ。帰りのバスまで1時間半。いい加減腹が減った。「昼は定食屋、夜は居酒屋」なんて店だと、そろそろランチタイムは終わってしまうだろう。僕は手近な、土産物屋風の店に入る事にした。  店の客は僕ひとり。案内を待たずに、小さなテーブル席に座る。 「いらっしゃーい」  若女将風の妙齢の女性が、面倒臭そうにお冷を持ってきた。 「腹、減っちゃったんだ。 すぐに食べられる、丼モノかなんか、あるかい?」  僕はメニューも見ずに尋ねる。 「そうねぇ……?」  若女将は、ちょっとだけ考え込んで答えた。 「うな丼なんかは、早いけど?」 「じゃ、それで」  厨房に引っ込む若女将。手持ち無沙汰に、お冷を口に運ぶ。グラスで氷が、カランと鳴る。山あいだけあって、水は、文句無しに旨い。今日1日を棒に振った徒労感を、僕は半分忘れかけた。  だが、気分が良かったのはここまで。厨房から、チーン、と、電子レンジの音が聞こえてきた。おい、まさか、と思っていたら、きっちり1分後にうな丼が運ばれてきてしまった。 「おまちどおさま」  ついてない時は念入りな物だ。僕は、湯気を立てるうな丼と、艶然と微笑する若女将の顔を交互に見遣ると、小さく溜息をついた。 「……レトルト物なら、先に言ってくれよ」  若女将は、プッと吹き出す。 「ごめんごめん。 まさかホントに頼むとは、思わなくてさぁ」  笑いながらビール用冷蔵庫を物色する若女将。中ジョッキと大瓶を、僕に掲げて見せた。 「どうせ暇なんでしょ? ここから先はあたしが奢るから、ちょっと一杯、付き合ってよ」 「なんで、そう思う?」 「ココじゃ、毎度の事なのよ」  僕と若女将の視線が合う。今度の溜息は、若女将の番だった。
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