立腹温泉

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 白昼の、ちょっとした酒宴。ヤマメの塩焼きと山菜の佃煮、冷えたトマトときゅうりの漬物が、あっという間にテーブルに並んだ。  若女将の話によると、ひとりで遅い昼食をとりに来る客は、大体が、温泉に入り損ねた湯治客なのだという。帰りのバスは午後3時頃。「飯でも食うしかない」というのは、僕に限った話ではない。 「不便な話だなぁ。 なんで、そんな事になっちゃったんだい?」 「街で、ボス猿が2頭、喧嘩してんのよ。何十年も、ず~っとね」 「はぁ?」  若女将の話は続く。  この街の市政には、与党も野党も関係が無い。市議会の派閥は、先祖代々この街の顔役だった『市長派』と、地元の富豪で大地主だった『商工会議所会頭派』に、二分されている。  この2つの派閥が、事あるごとに反目し合い、街の発展の足を引っ張り合っているのだそうだ。  市が、中心市街地の再開発計画を持ち上げれば、商工会議所は、地元商店街に反対運動を起こさせて邪魔をする。商工会議所が何かイベントを企画しても、市は許認可権を楯に取り、イベントを計画段階で潰してしまう。こんな馬鹿げた派閥争いが、親の代から延々と続いているのだとか。  かくして、駅前商店街は寂れ、中心市街地は空洞化し、買い物客はみんな、郊外の大型店舗と隣街に流出してしまった。それでも、当の市長と会頭は大威張りで、今でも、やれ「向こうの計画を潰してやった」の、「あっちの計画を頓挫させた」のと、子飼いの提灯持ちを相手に、自慢話に余念が無いのだと言う。
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