立腹温泉

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「なんだかなあ……」  僕は、心底辟易した。とても政治とは呼べないような、偉いサン同士の下らないいがみ合いが、澱となって、街の空気を淀ませている。そう考えると、なんだか、帰るためにふもとの街に立ち寄る事さえ、正直、嫌になってくる。 「田舎の街なんて、どこもそんなモンよ」  僕の胸中を察してか、若女将は肩をすくめて笑って見せた。 「で、そのボス猿の喧嘩と、この温泉の『湯治客締め出し』に、何の関係があるんだ?」 「あっちのスキー場」  若女将の話は、まだ終わってはいない。  山湯国際スキー場と、リゾートホテル『シーハイル山湯』は、市長派の肝煎りで誘致された観光施設だった。  ところが、山湯温泉観光協会は会頭派。冬場の宿泊客をとられるという訳で、『シーハイル山湯』への源泉供給には応じなかった。  温泉地にありながら、温泉には入れない『シーハイル山湯』。来場者数は伸び悩み、収益は当初の計画を大幅に割り込んだ。それに気を良くした会頭派が、3年前、山湯温泉の公衆浴場を取り壊し、外湯の締切時間を大幅に繰り上げたのだそうだ。  スキーがしたけりゃ温泉には来るな。温泉に浸かりたけりゃスキーは諦めろ、と言うのが、会頭派の本音らしい。  なるほど、道理であの観光案内看板、スキー場が描かれていない訳だ。 「誰か反対するヤツは居なかったのかい?」 「それが、源泉の権利を握ってるのが、会頭サン本人なのよ。 反対意見なんて言ったら、温泉のお湯、止められちゃうの」 「あちゃぁ」  苦笑する若女将を見て、僕は頭を抱えてしまった。腹立たしい話だ、なんとかしたい、とは思ったが、妙案は思い付かない。  若女将のさっきの言葉が脳裏をよぎる。「田舎の街なんて」の部分を「日本なんて」に置き換えても、綺麗に当てはまる話かも知れない。奇妙な閉塞感に、僕はなんだか悪酔いしそうな気がした。
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