立腹温泉

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 小難しい話は懲り懲りだ。当り障りの無い世間話で時間を潰していたら、あっという間に帰りのバスが来る頃合いとなった。 「ご馳走様。 勉強になったよ。ありがとう」  僕はそう言って席を立つ。若女将は、僕の渡した千円札を受け取ると、名残惜しそうな視線を向けてくれた。 「ねえ? ロクなトコじゃないかも知れないけど、せっかく場所は憶えたんだし、またおいでよ?」 「ああ、うん」  社交辞令なのは解っているが、悪い気はしなかった。酒が少し入ったせいか、若女将がなんだか、地味ながら飛びっきりの美人に見える。退散するなら潮時だろう。 「大して遠い訳でもないし、今度はちゃんと『泊まり』で来るよ。 そン時ゃまた、ヤマメでも焼いておくれ」  うな丼の定価は750円。若女将は、レジを開けて釣銭を出そうとした。なんて律儀なのだろう。飛びっきりの美人と言うのは、案外、気のせいではないのかも知れない。 「ああ、いや、お釣りはいいよ」  僕は手振りで若女将を制し、レジ脇のメモ用筆立てから、油性マジックを1本、つまみ上げた。 「その代わり、コレを頂戴」  きょとんとする、若女将。 「なにすンの? そんな物?」 「なに、ひと文字ぐらいはどこかに、いたずら書きでも残してやろうかと思って、ネ」  僕はニヤリと笑って見せた。
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