第壱話「日本一の称号」【富士山】

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富士山。 なんと素敵な、響きであろうかっ! 職場の中から聞こえてきたそのフレーズに、思わず振り返ってしまった。 声の主は、仲の良い後輩達の声であった。 「富士山に、行くのか?」 無意識に、そう聞いてしまった。 そう言うと、後輩は振り返り 「あ、あふろさんも行きませんか?山、好きでしたよね?」 鷹之というこの後輩、以前に山小屋管理のボランティアにも手伝いに来てくれた頼もしい奴だ。 「何人くらいで、行くんだ?日程とか決まっているのか?」 そう聞くと、職場の数名の名前と日程を、鷹之は教えてくれた。 「あと2週間しかないのか。休み、取れるかわからんよなぁ。」 「うん、わかった。検討してみるよ」 そう冷静に答えたが、自分の脳内は異様な高揚感に支配されていた。 富士山・・・、一度は登ってみたいと思っていた山だ。 行きたい! そう心が叫んでいた。 自然の大いなる力から、どれだけ遠ざかっていただろうか。 娘の高校進学を機に、スキー禁止令が出た。 禁止になる最後のシーズン、気合いを入れてトレーニングをした結果、筋力アップの為にやっていたサッカーで膝を亜脱臼する。 決勝リーグまで残っていたサッカー大会も、準々決勝にはベンチだった。 運動ができなくなり、ストレスが溜まった。 そして、暇つぶしで始めたネットゲームにのめり込んでいった。 なにもかもが、微妙に崩れていった。 そして、ここ1年、精神的に不安定な状態が続いていた。 抜け出したかった。 大いなる力に触れれば、何かが変わるだろうか?そんな思いを抱きながら、日程の調整を進めた。 だが、この年の富士山は、自分を呼んではくれなかった。
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