航空母艦《正規空母》

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鳳翔 空母として計画・建造をされた世界初の航空母艦。 飛行機を艦隊から発着させれば偵察能力が向上する。 日本海軍では第一次大戦での運送艦「若宮」を改装して水上機を運用しており、車輪付き飛行機を発着艦できる飛行甲板をもち偵察能力の向上に本格的な航空母艦の建造を(1918年)大正七年に八八艦隊計画の中で計画された。 建造は新興の浅野造船所(横浜鶴見)で大正九年十二月に起工された。 民間企業に委託されたのは、将来的に軍艦建造を民間造船所に技術を広げるためでもあった。 竣工はちょうど二年という早いペースだった。 その後横須賀海軍工廠に回航され艤装され大正十一年十二月二十七日に完成した。 完成間もない大正十二年二月に東京湾で発着艦テストが実施された。 このテストには、誕生したばかりの海軍航空隊の中でも「技量抜群」と評価された吉良俊一大尉が行う予定だったが、海軍は失敗を恐れ三菱のテストパイロットのW・ジョルダン英海軍大尉と契約しテストが行われた。 同大尉は九回の発着艦を成功させて、当時の一万五千円の報酬を受けた。 もちろん、この後吉良大尉によるテストが実施され、吉良大尉は航空母艦から発着艦した最初の日本人となった。 竣工時の着艦装置は縦索式で英海軍が開発した型式だが、オーバーラン等の事故も多く改良の余地が課題でもあった。 本艦の特徴として動揺防止に艦内に170㌧ものジャイロスタビライザーが搭載していた。 飛行甲板右舷前部に島型艦橋を設け、起倒式の三本の煙突はその艦橋後方に位置していた。 この配置は、後の空母の標準的な配置と同じであった。 起倒式の煙突は米海軍の空母ラングレーでも採用されている。 写真は、艦橋装備で起倒式煙突時代の空母鳳翔。image=278753450.jpg
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