航空母艦《正規空母》

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龍驤 建造所/横須賀海軍工廠 無理な設計変更により完成直後に二度の改装を受けた空母。 大正十一年に締結されたワシントン海軍条約で日本海軍の空母の基準排水量の合計が8万1千㌧に定められた。 これは英米に対して60㌫の保有量で、一隻の上限が3万3千㌧に決められた。 しかし、基準排水量1万㌧未満の空母は排水量の合計に含まないとされた。 そこで日本海軍では基準排水量8千㌧の小型空母の建造を昭和二年に計画した。 この計画で上がった艦艇が「龍驤」である。 昭和五年のロンドン海軍軍縮会議で1万㌧未満の小型空母も排水量の合計に含まれるようになったため、格納庫を二段にして搭載機を24機から36機に増加された。 このため重心が上昇して艦の復元力が低下したのでバランスをとるためにバルジを設けるなどの措置が取られた。 「龍驤」は昭和四年十一月十六日に横浜船渠で建造がはじめられた。 進水後は横須賀海軍工廠で昭和八年五月九日に完成した。 しかし、設計変更があだになり、強度不足と復元力不足の問題が生じ、翌年には早くも改装工事が実施された。 これにより「龍驤」の基準排水量は1万6百㌧にまで増加した。 画像は正面から艦橋を捉えたものです。image=282116878.jpg
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