航空母艦《正規空母》

9/17

90人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
蒼龍 建造所/呉海軍工廠 真珠湾攻撃、インド洋に転戦しミッドウエー海戦で散る。 最初の計画では「蒼龍」は航空母艦というよりも、空母と重巡洋艦を足したような艦であった。 基準排水量1万㌧・速力36ノット・20㎝主砲5門に加えて、搭載機100機を搭載する「航空巡洋艦」ともいえる艦種である。 だが、これだけの戦力を1万㌧の艦体に収める事は到底不可能でやがては通常の空母へと設計変更された。 それでも、ワシントン・ロンドン海軍条約の様々な制限の中で、海軍はなんとか小さな艦体に強力な武装をと考え、計画艦では小型な艦体に不釣り合いな重武装を持った物となった。 しかし、昭和九年三月十二日に、同じように小さな艦体に目一杯の武装を詰め込んだ水雷艇「友鶴」が、重武装による重心の上昇で、つまりはトップヘビーが原因で悪天候下で転覆するという「友鶴事件」が起こった。 この友鶴事件によって「蒼龍」の計画は全面的に見直された。 また、海軍条約からの脱退を前提に再設計したので排水量の制限がなくなりバランスのとれた空母として建造される事になった「蒼龍」はこの年十一月二十日から呉海軍工廠で建造を開始し、昭和十二年十二月二十九日に完成した。 画像は船渠にて建造中の空母「蒼龍」。image=283129831.jpg
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加