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さらに、「瑞鶴」の強運は続き、小澤治三郎中将率いる機動部隊の一員として昭和十九年六月のマリアナ沖海戦では旗艦「大鳳」がアメリカ潜水艦の雷撃を受けて、沈没するにあたり「瑞鶴」は「大鳳」に代わり旗艦となり爆弾一発を被弾するも航海に支障なく本土に帰還している。
しかし、十月に行われたレイテ沖海戦で「瑞鶴」の運も尽きる。
「大和」「武蔵」などの戦艦部隊レイテ湾突入を容易にするための囮として小澤機動部隊旗艦として出撃した。
「瑞鶴」はアメリカ任務部隊(日本だと、呼称は機動部隊となる)誘い出しと、つり上げに成功したのだが。
レイテ沖海戦での「瑞鶴」は、先だって行われた台湾沖航空戦で搭載機を消耗していたため、航空機を殆ど積まない囮の艦隊として出撃した。
有力なアメリカ空母機動部隊を囮の艦隊に引き付けている間に、戦艦・巡洋艦を主体した栗田水上打撃部隊がアメリカ軍が上陸作戦を行なっているレイテ沖に突入して、アメリカ輸送船団・揚陸艦を壊滅を狙った作戦である。
作戦は見事に成功し、アメリカ機動部隊を指揮するハルゼー提督は日本空母部隊を発見すると、日本戦艦部隊への空襲を中止して全力で向かってきた。
レイテ沖海戦またはエンガノ沖海戦として知られるこの海戦では、合計五波にわたる空襲をうけて、本艦は第一次空襲で魚雷を受け脱落し、第三次空襲で再び二本の魚雷を受けて沈没した。
空母部隊は参加した四空母の全てが沈没したが、作戦目的を見事に果たしている。
この時、アメリカ太平洋艦隊司令部は、レイテ沖からの救援要請を受けて、ハルゼー艦隊を探していたが太平洋艦隊司令長官二ミッツはハルゼー宛てに「第34任務部隊はいずこなりや?全世界が所在を知りたがっている」との電文を発信している。
画像は、瑞鶴最終時迷彩図案です![image=286850977.jpg](https://img.estar.jp/public/user_upload/286850977.jpg?width=800&format=jpg)
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