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そんな荒木くんと初めて会ったのは、中学に入学して少し経った頃。
あたしはうっかり寝坊してしまい、急いで学校に向かっていた。
学校に着いたのはいいけれど、焦るあまり鞄の中身を下駄箱で引っ繰り返してしまった。
「あっ…あたしのバカぁ…」
チャイムが鳴るまで残り数分。
下駄箱に人気はなく、遅刻しそうになりながら半泣きで荷物を拾っていた。
「はい、これ」
ふと声を掛けられると、あたしの目の前にはノートを差し出す男の子。
中1にして160センチあったあたしより10センチくらい小さい身長の彼こそが、荒木くんだった。
あたしはおずおずとノートに手を伸ばす。
すると荒木くんは、ノートを見ながら口を開いた。
「1年5組沢井…ももこ?」
ノートに書いてある名前を読み上げた。
あたしは鞄の中身をぶちまけた事や、半泣きの顔を見られた恥ずかしさから顔を赤くしながら、なんとか声を振り絞った。
「…とうこ…沢井桃子…です」
「えっ?
桃子(モモコ)って書いて桃子(トウコ)って読むんだぁ!
変わってんなっ」
そう言った荒木くんは、眩しいくらいの笑顔を向けた。
ドキドキした。
カァーっと顔が更に赤くなるのが分かった。
「俺、1年1組の荒木直純!
はい、ノート!
って早く行かねぇと遅刻すんぞ、ももこ!」
「えっ…あっ…ありがと…」
いきなり呼び捨て(呼び方は間違ってるけど)されて、驚きながらもノートを受け取った。
荒木くんは、あたしにノートを渡すとまた眩しいくらいの笑顔を向けて、走って教室に行ってしまった。
あたしはチャイムが鳴ってもしばらくは、ドキドキしてその場を動く事が出来なかった。
それが荒木くんと初めて会った時で……唯一言葉を交わした時だった。
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