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ピーン ポーン
しばらく待っていると呼び鈴が鳴った。
玄関のドアから一歩離れて、ドアを開ける。
「ハル兄!」
毎度おなじみタックルの勢いで飛び込んでくる美穂。
「あれっ!?」
しかし彼女が飛び込んだ先に俺がいなかった。
彼女の腕が空をきり、そのままの勢いで倒れそうになる。
「うぉっ! あぶねっ!!」
俺は思わず美穂を支えようとして、結果として彼女と抱き合うような形になってしまった。
「「…………」」
クンクン
「なんかハル兄、いいにおいがするー」
美穂は俺の腰に手を回して抱きついている。
離れようとする気配がない。
ちなみに良いにおいがするっていうのはたぶん、さっきシャワーを浴びたからかな。清水姉妹の悪夢を見て寝汗をかいていたから、美穂とのデートの前に汗を流しておくことにした。
美穂からもいいにおいがする。
もしかしたら彼女も……。
「よしっ、美穂。一旦離れようか?」
いいにおいがするのと、毎度おなじみ柔らかい感覚が俺の腹部に伝わってきている。このままだと色々ヤバいと判断して、美穂を俺から剥がそうと試みる。
「いや! もっとこうしてるの!!」
彼女は離すどころか、逆に抱きつく腕の力を強めてきた。
俺の鳩尾辺りに当てられている美穂の柔らかいものが、押し潰され形を変える。
「離れてくれないと、どこにも行けないぞ?」
「いいもん。ミホはハル兄とこうしていられれば幸せなんだから」
美穂は少し顔を赤くしながらそう言って、ほんとに幸せそうな笑顔で俺を見上げてきた。
か、かわいい……。
可愛い過ぎるぞ。
彼女の笑顔を見ていると俺も、ずっとこうしていたくなってきた。しかしずっとこんな風に美穂と抱き合っていれば、俺の理性がまた崩壊するのは時間の問題だ。
「そっかぁ。美穂はこんなところで抱き合ってるだけで満足なのか」
「えっ、どーゆーこと?」
「駅前に新しくオープンする『フラン・ベル』って言うケーキ屋さん知ってる?」
「うん。もちろんだよ! シフォンケーキとミルクレープが凄く美味しいって有名なチェーン店で、来週からこの街でもオープンするんだよね!!」
美穂はかなりの甘いもの好きだ。
特にケーキには目がない。
だから俺は、自分の作戦が成功する自信があった。
「そうだな。そのフラン・ベルなんだけど、ちょっと伝手があってプレオープンに招待されてるんだ」
「ほ、ほんとに!?」
「うん。だから美穂と一緒に行こうかなって思ってたんだけど……」
「いくいく! ハル兄、早く行こうよ!!」
「あぁ、そうだな。でも、まず俺から離れてくれないと行けないぞ?」
「えっ!? う、うぅ……」
美穂は凄く名残惜しそうにしながら俺から離れていった。
良かった。とりあえず何とかなった。
「あっ!」
「えっ」
「これなら、大丈夫だよね!」
一旦俺から離れた美穂は、何かを思い付いたようにまた俺に抱きついてきた。
今度は俺の右腕に。
「えへへっ。これなら歩けるし、ハル兄にくっついていられるよ!」
いや、確かに歩けるけど……。
む、むりっ! こんな風に美穂を腕に抱きつかせたままなんて、恥ずかしくて外を歩けるわけないだろ!!
「美穂、確かに歩けるけど……。その、凄く恥ずかしい」
「私は平気だよ!!」
前が良くても俺は無理だ!
誰にも見られてない今でも十分恥ずかしいのに……。
「じゃあ、せめて抱きつくのは止めてくれないか? ……手を繋ぐぐらいなら」
「私はこのままがいい!!」
こ、こいつ……。ほんとは手を繋ぐのだけでもかなり恥ずかしいんだぞ? でも昨日の事の謝罪の意を込めて、手を繋ぐのならOKしたっていうのに。
「そっか。なら、フラン・ベルに行くのは無しだな」
「えぇ!? な、なんで!!?」
「だって、めちゃくちゃ恥ずかしいから。お前を抱きつかせたままなら、俺の家でテレビとか一緒に見てるだけだな」
俺がこう言うと美穂はかなり悩んでいる様子で、しばらく考え込んでから再び口を開いた。
「うぅ…じゃあ……手、繋いでくれれば…いいよ」
よしっ! 美穂が折れた!!
「その代わりケーキ食べる時に『あーん』ってしてね!」
「おぅ、いいぞ! ……ん!?」
『あーん』って?
「なぁ、美穂──」
「やったぁ! ハル兄、そうと決まれば早く行こうよ! ケーキがミホを呼んでるよー!!」
「…………」
まぁ、いいか。
美穂が嬉しそうだし。
「そだな、じゃ行こうか」
「はーい!」
美穂に手を引かれながら、俺は家を出た。
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