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「ねぇ、ハル兄……。私の格好、変じゃない?」
ケーキ屋さんに向かって移動中、美穂が聞いてきた。
「ん? 変なんかじゃないよ。むしろ凄く似合ってて可愛いよ」
「えっ」
「えっ? ……あっ!!」
いきなりのことで、つい本音が漏れていた。
美穂は俺の言葉に一瞬驚いた表情を見せ、急に叫び出す。
「やったぁぁぁぁあ!! ハル兄に可愛いって言われちゃった!」
彼女が勢いよく俺の腕に抱きついてくる。
駅前に近づき、人通りもそれなりに多くなってきた歩道のど真ん中で。
「お、おい! 美穂!!」
慌てて腕に抱き着く美穂を引き剥がそうとしたが─
なっ、なんて力だ!?
どこにこんな力があるのかと思うほど、美穂はがっしりと俺の腕を掴んで離さない。
必死に彼女を引き引き剥がそうとする俺の耳に、周りの人の声が聞こえてきた。
「朝からラブラブねぇ」
「こんな道の真ん中で告白か?」
「あっついなー」
「いいぞー、もっとやれ」
「女の子の方、カワイイな」
「ラブラブだね。ね、ねぇ。私たちも」
「えっ? あ、あぁ……」
などと言う会話が聞こえてきた。
恥ずかしくて、その場に止まっていることが出来な。
だから急いで移動することにした。
美穂を、右腕に抱きつかせたままで。
は、恥ずかしい……。
「えへへっ。ハル兄とぉ、デート、デート!」
俺が恥ずかしがっていることなどお構いなしに、美穂は楽しげだった。
結構速足で歩いているのに、ちゃんとついてくる。
俺の腕にしがみついたままで美穂、歩きにくくないのか? ……まぁ、ついてきてくれるならいいか。
早くこの人目の多いエリアを抜けてしまおう!
──***──
フラン・ベルの入った雑居ビルまでやって来た。駅前のバスロータリーから少し離れた場所にあるこの建物の一階が、目的のケーキ屋さんだ。
ここはまだ正式オープンしていないので、俺と美穂は裏口から中に入った。今日俺がここに来ることは、店長さんに伝えてある。
「こんにちわー! てんちょー、いませんかー?」
「お、おじゃましまーす」
「はーい」
裏口から声をかけると、20代半ばぐらいの優しそうな女性が出てきた。彼女がこのお店の店長をしている進藤さんだ。その進藤さんが開口一番で──
「お待ちしておりました。オーナー代理」
「オーナー、代理?」
美穂が不思議そうに俺を見上げてくる。
「て、店長。それは」
そう呼ばないでって、言っておいたのに……。
実はここ、俺の父親が展開しているチェーン店のひとつなんだ。当の父親は海外の店舗視察とかで忙しく、めったに帰ってこない。だから国内の店舗のいくつかは俺がオーナー代理になって、管理させてもらっている。
まぁ、管理と言っても、父親が手配してくれた有能な社員さんたちがたくさんいるから、俺は名ばかりのオーナー代理だけどな。
「おやおやぁ? 誰か連れてくるって言ってましたっけ? もしかしてこの子は、オーナー代理の彼女さんですかー?」
進藤さんは俺の腕に抱きつく美穂を見ながら、ニヤニヤしていた。
「い、いや。違いますよ! こいつはただの幼なじみです!! 今日、この子も試食させてもらえますか?」
俺がそう言うと、進藤さんは疑いの目を向けてきた。
「彼女じゃないの? こんなにラブラブだから、彼女さんかと思いましたよ。……貴女、お名前は?」
「み、美穂です!」
「美穂ちゃん! かわいいー!!」
進藤さんはそう言いながら美穂の頭を撫でる。
そして何故か、残念そうな顔を見せた。
「美穂ちゃん、ごめんね。このお店はまだプレオープン中で、一般の人にはまだ試食させてあげられないんだ」
「えっ」
「そ、そんなぁ……」
いけると思って、美穂を連れてきてしまった。
「だ、ダメなんですか?」
「春君はオーナーの代理だから特別なんです。ただ……」
「ただ?」
「これは仮定のお話なんですが、もし美穂ちゃんが春君の『彼女』なら、美穂ちゃんはただの一般人じゃなくて、オーナー代理のお連れさんだから全然OKなんだけどね……。もし美穂ちゃんが、春君の彼女なら……ね?」
こ、この人……。
俺は進藤さんが俺に何を言わせたいのか分かった。
「は、ハル兄……」
何かを訴えるような目で美穂が俺を見てくる。
あ゛ぁ゛ぁ゛!!
今だけだからな!
仮にだからな!
「進藤さん。じ、実は……ゴニョゴニョ」
「え? なんですかぁ??」
恥ずかしくて小声で言ったが、凄く静かな店内なので進藤さんには聞こえたはずだ。
それでも進藤さんは聞き返してくる。
「すみません、オーナー代理。よくきこえませんでしたぁ」
この人……。絶対俺をからかってるだろ!?
進藤さんがどこか朱里さんと似たところがあると思い始めた。俺をイジって遊ぶ時の、いじわるそうなニヤケた顔が朱里さんにそっくりだ。
俺は諦めた。
そして覚悟を決める。
「進藤さん、美穂は──」
今だけ。
今だけ許して。
これは、お前のためでもあるから。
「美穂は俺の……か、彼女、です」
「えっ!?」
俺の発言に一瞬驚いた表情を見せた美穂が、俺の顔を覗きこんでくる。
一方、進藤さんは満足そうにニコニコしていた。
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